Pregnancy Loss を起こした馬のその後 Vol.2

はじめに

今回は前回の続きになります。
前回は、Pregnancy Loss、つまり、受胎確認後に胚が消えてしまった繁殖雌馬のその後についての調査、論文の序論と方法を記事にしました。

さて、今回は調査の結果を中心に記事にしていきます。

研究結果


生産率

まずは生産率について確認しましょう。

Pregnancy Loss の診断後, 再交配した 82 頭の調査対象馬のうち, 47 頭が翌春に生仔を分娩しました。そのため, 本研究での生産率は 57.3%となりました。

交配日からPregnancy Loss 診断時までの平均日数は 36±7.7 日(平均値±標準偏差), 中央値は 34 日(四分位範囲, 30-38 日)となりました。

生産率は交配から Pregnancy Loss 診断までの期間が延長するにつれて低い値を示す傾向がありました。 詳細な数字についてはスライドを参考にしてください。

しかしながら, この結果は統計学的に有意な差を認められませんでした。


繁殖雌馬の年齢と生産率の関係


調査対象繁殖雌馬の平均年齢は 10.8±3.7 歳(平均年齢±標準偏差)であり,
中央値は 11 歳(四分位範囲, 8-14 歳)となりました。

生産率は雌馬の年齢があがるにつれて減少する傾向が認められました。3-8 歳の繁殖雌馬は 14-18 歳 の繁殖雌馬に比較し, 有意に高い生産率を示しました(P = 0.039)。しかし, 9-13 歳の繁殖雌馬と他の2つの年齢群との生産率の間には統計学的に有意な差を認めませんでした。


繁殖雌馬の BCS と生産率の関係

82 頭の調査対象馬のうち 57 頭の BCS データを得ることができました。
Pregnancy Loss 診断時に BCS が 5.5 以上であった繁殖雌馬の生産率は 73.5%であり, BCS が 5.5 未満であった繁殖雌馬では 52.2%となりました。
2 群間の生産率には統計学的な有意差は認められませんでした。

繁殖雌馬の状態と生産率の関係
繁殖雌馬の状態は 81 頭でデータを得ることができました。繁殖雌馬の状態は生産率と有意な相関を示しませんでした (P > 0.05)。


考察



本研究で示された Pregnancy Loss Days 17-35 と診断された繁殖雌馬の生産率は57.3%(47/82)となり, 過去にサラブレッド種の生産率として報告されてい る 69-79%に比べ低い値だと考えられました。

しかし, 本研究では Early Pregnancy Loss と診断された繁殖雌馬のみを研究対象としており, 大規模調査 により多くの繁殖雌馬を調査対象としている過去の報告とは調査対象が異なります。本研究は Early Pregnancy Loss と診断され, 再交配を行った繁殖雌馬の生産率について 調査した初めての研究だと考えています。

本研究において,Pregnancy Loss Days 17-35 は,平均で交配後 36 日目, 中央値で交配後 34 日目に診断されています。一方,Early Pregnancy Loss の発生は, その大部分 (76.1%) が排卵後25日目までに発生することが知られています。 

Pycockは,交配から 26-30 日に獣医師による再妊娠検査を行い胎仔の正常な発育および双胎でないことを確認すべきであると提言しています。

このことから, 現状よりも早期に, 例えば交配後28日に再妊娠検査を実施することで, より早期に Pregnancy Loss を診断できる可能性があると考えています。

交配後35日以降にPregnancy Lossを診断された場合, 翌春の生産率が低くなる可能性が推察されています。 これは,Pregnancy Lossを起こした繁殖雌馬では,子宮内膜杯より分泌されるウマ絨毛性性腺刺激ホルモンが, Pregnancy Loss後に正常な発情周期に回帰するのを阻害するためだと考えられています。

子宮内膜杯は、子宮内膜腺の肥大とそれに続き, 絨毛膜の上皮細胞が子宮内膜に浸潤し形成され, その形成は妊娠37日前後から始まると報告されています。

子宮内膜杯形成後にPregnancy Lossを起こした繁殖雌馬ではPregnancy Loss後も子宮内膜杯より分泌されるウマ絨毛性性腺刺激ホルモンに副黄体が反応し, プロゲステロンが副黄体より継続して分泌される可能性があると考えられます。 

このような背景から, Baucus らは,妊娠35日目以降でのPregnancy Lossにおいて,子宮内膜杯の影響により正常な発情周期が再帰するのは難しいと示唆しています。

本研究および過去の研究報告から,臨床的には交配後35日目までに 経直腸超音波診断により再妊娠検査を行うことが推奨されると考えています。


これまでの報告から,繁殖雌馬の年齢が,妊娠率および Pregnancy Loss の発生率へ関与することが示されています。

本研究においても,年齢の若い繁殖雌馬(3-8 歳)は高齢の繁殖雌馬(14-18 歳)に比べ有意に高い生産率を示しました。加齢による生産率の低下の原因としては子宮内膜の退行性変化が 挙げられ, 退行性変化により胚が成長するための子宮内の栄養状態が悪化すると考えられています。さらに, 子宮の収縮能の低下, そして高齢の繁殖雌馬では胚の固着が遅れると報告されており, このような理由により高齢の繁殖雌馬では妊娠率が低下すると考えられます。

これまで,分娩後 90 日間の低 BCS は低い受胎率および高い Pregnancy Loss と関連性があることが示されており, 他の報告においても繁殖雌馬の栄養状態は Pregnancy Loss の発生に影響を与えると示されています。 本研究は, これまでの報告に加え, Pregnancy Loss Days 17-35 が起こった場合, 適切な BCS(≧ 5.5)を保つことで再び受胎する可能性を高められることを示しました。


今回の調査、研究ではPregnancy Loss Days 17-35 を起こした繁殖雌馬のうち 57.3%で翌春に生仔を得ることができたことを示しました。

臨床上重要な点としては, 早期に再交配の機会を得るために, 早期に Pregnancy Loss を発見することだと考えています。

そのためには,交配後 17 日前後の初回の妊娠診断後に少なくとも2回の経直腸超音波検査による妊娠診断を実施すべきだと思います。
一例として交配後 28 日および 35 日での実施を挙げていますが、個々の牧場のスタイルで変化をつけても良いと思います。
また, 受胎後も適切な BCS を維持することで, 以前の記事で述べたように Pregnancy Loss を低下させることが可能であり, さらに今回の結果より, 妊娠消失が発生した場合でも適切な BCS に管理されることで, 再び受胎し, 分娩する可能性を高められることが明らかとなりました。


おわりに

今回の記事はVol.2で無事に終了です。
次回はこれまでに書いた
排卵誘発剤の記事 Vol.1 Vol.2 Vol.3
Pregnancy Loss についての記事 Vol.1 Vol.2 Vol.3
Pregnancy Loss 発生後についての記事 Vol.1 Vol.2
の3つの研究からの情報を簡単にまとめたまとめ記事を作成する予定です。



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