はじめに
これから複数回に分けて、繁殖雌馬のPregnancy Lossについて紹介していきたいと思います。繁殖雌馬で認められるPregnancy Lossは妊娠後での流産のことを示しています。
それでは本日は主にIntroductionを紹介いたします。
この論文を作成したのは2012年のことです。
調査、研究の計画は2007年頃のものですので、今となっては昔の内容に思える点も含まれています。それでも今での役立つ内容を含んでいると考えていますので参考にしていただければと思います。
繁殖牝馬のPregnancy Loss
繁殖雌馬の妊娠診断
ウマでは,経直腸超音波検査により,排卵から12-14日目には受胎を診断することが可能となります。
研究計画当時の日高管内では,一般的に交配後 15-18 日の間に 2 日間隔で 2 回の妊娠診断が行われていました。その後は妊娠維持の確認のため,4-6 週目に 1-2 回超 音波検査が行われ,8-9 月に交配料支払のため再度妊娠の有無を診断されることが一般的でした。
ある成書では胎齢 60 日までに計 5 回(妊娠 14-15 日, 16-18 日, 28-30 日, 35-45 日, 60-70 日)のルーチンな妊娠診断を推奨しています。
残念なことに一部の日高管内の牧場では, 交配後 15-18 日目に行われる妊娠 診断後には 8-9 月の交配料支払いのために受胎を確認するまで再妊娠検査を実施しない牧場も存在しており, Pregnancy Loss に対する意識が低い現状がありました。
このような牧場に有用なアドバイスを実施するためにも日高管内における Pregnancy Loss の現状を明らかにする必要があると考えたことがこの研究の目的となっています。
Pregnancy Loss の現状
サラブレッド生産において,その繁殖期間は限られており, 1頭当たりの価値は他の家畜に比較し高いと考えられます。
そのため, 生産者は高い受胎率および生産率を強く希望しています。近年,国内軽種馬の受胎率および生産率は, 80%,72%ほどで推移して おり,妊娠診断後に妊娠が維持されないPregnancy Lossは繁殖馬頭数の約8%で 生じていることが推察されています。
諸外国の報告では,シーズン妊娠率は 85-92%,出産率は69-79%であり,その間には10%程度の差があることが知られています。このようなPregnancy Loss はその発生時期により分類されているが、 その定義は統一されていません。
Early Pregnancy Lossはこれまでのところ正確 な定義は存在しておりませんが, 一般的に,経直腸超音波診断による交配後14-16日での 妊娠診断後, 受胎産物が胚芽期から胎仔期へと移行する時期に相当する妊娠40 日齢前後までのPregnancy Lossの事を指し, 本研究においても, Early Pregnancy Lossは交配後14-16日での妊娠診断から妊娠40日前後までに認められ たPregnancy Lossと定義いたしました。
また, Late Pregnancy Loss についても, これ までの報告では統一された定義は存在しないものの, 一般的に,妊娠40日齢前 後から分娩直前までのPregnancy Lossについて算出されているものが多く, 本 研究において, Late Pregnancy Lossは妊娠40日前後から分娩直前までの Pregnancy Lossとして定義いたしました。このようなPregnancy Lossによる生産率の低 下は大きな経済的損失を引き起こし, 牧場経営に与える影響は大きいと考えております。
これまで,Early Pregnancy Loss の発生率は 3.0-12.2%と報告され,国, 地域, 飼育環境により異なります (米国:8.9% , 英国:7.4%, 韓国:12.2%)。
また, Late Pregnancy Loss の発生率については 8.9-12.9%と報告されています。現状で, 日本国内のサラブレッド種雌馬 における Pregnancy Loss に関する情報は乏しく, その発生率および発生への影 響要因については明らかとされていないと思われます。
Pregnancy Lossに関わる要因
雌馬の Pregnancy Loss の発生には,多様な要因が複雑に寄与していると考えられます。 その要因は, 内因性, 外因性, 胚性に分けられると報告されています。
内因性の要因
繁殖雌馬の加齢、 雌馬の状態(未経産, 空胎, 泌乳)、分娩後初回発情での受胎 、子宮内膜疾患、黄体ホルモンの 不足等が挙げられています。外因性の要因
多胎に対する減胎処置、ストレス、栄養、などが考えられています。胚性要因
染色体異常やその他の胚の先天的な異常が含まれています。内因性の要因には雌馬側の多様な要因が含まれており, 様々な内因性の要因がPregnancy Loss に影響を与えていると考えられます。
高齢の繁殖雌馬では,若齢の繁殖雌馬に比較しEarly Pregnancy Lossの発生 率が高いことが大規模調査により示されています。また,ある研究では, 高齢繁殖雌馬の胚は胚自体に先天的な異常があり, 若齢繁殖雌馬の胚に比較し生 存性が低い可能性が示唆されています。このように,過去の研究から, 加齢 がPregnancy Lossに与える影響が示されていますが, 国内での情報は乏しいのが現状です。
これまで,分娩後初回発情での交配, 受胎が Pregnancy Loss の発生要因とな らないことが複数の研究で示唆されています。一方, 別の研究では, 分娩後初回発情で交配, 受胎した繁殖雌馬は,その後の周期で交配, 受胎した 繁殖雌馬に比較し明らかに Early Pregnancy Loss が高いことが示されています。
このような結果の相違は,分娩後初回発情で交配に供する雌馬をどのよう に選定しているのかという管理者側の意向による影響を受けている可能性が高いと推察されます。日高管内においては, 分娩後初回発情での交配率が 79%である ことが調査により明らかにされています。さらに, これまで,分娩後初回発情での受胎率は, 次回発情での交配の受胎率よりも低いことが明らかにされています。
しかし, 分娩後初回発情で交配, 受胎した際の Pregnancy Loss への影響については日本国内ではこれまでに検討されていないのが現状です。
繁殖雌馬の栄養状態と Early Pregnancy Loss の発生の関連性について, 分娩 前後における低 BCS は Early Pregnancy Loss の誘因となり得ることが報告されています。さらに,泌乳期と非泌乳期の雌馬における Pregnancy Loss について, 低質なタンパクを与えられた雌馬 14 頭のうち 5 頭(35.7%)で, 妊娠 14~90 日 目に Pregnancy Loss が起こったのに対し, 比べて良質なタンパクを与えられた 雌馬 41 頭のうち Pregnancy Loss を起こしたのは 3 頭だけ(7.3%)であったと報告されています。
このように, 繁殖雌馬の栄養状態が Pregnancy Loss の誘因となることが示され, 繁殖雌馬を良好な栄養状態で管理することで Pregnancy Loss を予防できる可能 性が示唆されています。しかしながら, 日本国内において,繁殖雌馬の栄養状態 と Pregnancy Loss の関連性を調査した報告はこれまでのところ見当たりません。
競走馬生産では, 限られた繁殖期間に効率よく繁殖雌馬を受胎させ, 健常な子馬を生産することが求められています。
そのため, 妊娠後の Pregnancy Loss は生産牧場にとり経済的な損失が大きいと言えます。そのような背景から, 日高管内では Pregnancy Loss を予防する目的で, 交配後 17 日前後で実施される妊娠診断において受胎が確認された場合, プロゲステロン製剤を繁殖雌馬に単回筋肉内投与 をすることが習慣的に広く行われておりました。しかしながら, 妊娠診断時のプロゲ ステロン製剤の単回筋肉内投与が Pregnancy Loss の発生を予防するという科学的根拠は現在のところ不十分であると考えられます。
成書の記載では, 妊娠を サポートするプロゲステロン製剤には2種類あり, 合成プロゲスチンである Altorenogest の毎日の経口投与か, プロゲステロンの油剤の毎日の筋肉内投与 が効果的であるとされています。
上記の2つの治療方法は, 内因性のプ ロゲステロンの分泌を抑制した繁殖雌馬においても妊娠維持が可能であったこ とから有用性が示されています。現在, 日高管内においては,成書と異なっ た方法であるプロゲステロン製剤の単回投与が習慣的に行われているためPregnancy Loss 予防のための妊娠診断時のプロゲステロン製剤単回筋肉内投与 の有用性を評価する必要があると考えられます。
今回はIntroductionの紹介でした。
明日、この続きを記載する予定です。
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