繁殖牝馬のPregnancy Loss Vol.3

はじめに

前回前々回と記事にしてきた繁殖牝馬におけるPregnancy Lossの論文紹介の最終回になります。
今回の記事は、論文で言えば考察に当たります。

考察


本研究において, 交配後17日に実施される初回妊娠診断から分娩までの間に 15%の繁殖雌馬において Pregnancy Loss が認められました。
この結果から、北海道 での競走馬生産において Pregnancy Loss による経済的損失は大きいと考えられます。

また,Overall Pregnancy Loss の発生率が約 15%であったことは,これまで の研究報告 と同程度であり, 韓国およびインドでの報告より低い発生率だと言えます。

多変量回帰分析の結果, 初回妊娠診断‐再妊娠診断間における BCS の低下, 再妊娠診断時の BCS 5 未満, 分娩後初回発情での受胎および子宮内膜シストの 存在が Pregnancy Loss Rate Days 17-35 を上昇させる要因であることが明らかになりました。

また, 多 変量回帰分析の結果, 再妊娠診断時の BCS5 未満が Pregnancy Loss Days 35-folaing の発生率を上昇させる要因であることが明らかになりました。

BCS

産前産後における低 BCS は,受胎率ならびに Early Pregnancy Loss を上昇させると報告されています。これまで,繁殖雌馬の栄養状態は Early Pregnancy Loss の発生率に有意な影響を与えることが示され, Early Pregnancy Loss の発生率を低下させるためには繁殖雌馬に十分量の良質な飼料を与えることが 推奨されています。

本研究の結果から,初回妊娠診断から再妊娠診断までの 間における BCS の低下および再妊娠診断時の 5 未満の BCS が Pregnancy Loss の 発生リスクを上昇させました。このことから, 実際の臨床現場においては,初回妊 娠診断後に BCS の低下を起こさないよう, 適切な飼養管理を行うことが求められます。特に泌乳馬においては, 仔馬の成長に伴い泌乳量が増加, それに伴い, 必要なエネルギーも増加すると考えられるため, 飼養管理に注意が必要である と考えられます。

分娩後初回発情

これまで,分娩後初回発情での受胎では Early Pregnancy Loss が高いことが 示されています。本研究においても,Pregnancy Loss Days 17-35 の発生率は,分娩後初回発情での受胎 (11.1%:43/389) では,分娩後2発情以降 での受胎 (3.8%:20/531) に比較し有意に高い結果となりました(P < 0.001)。

ま た, 本研究では,Pregnancy Loss Day 35-foaling の発生率においても,初回発情での受胎で高い値を示しました。

その結果, Overall Pregnancy Loss の発生率は, 分娩後初回発情での受胎(20.8%)では,分娩後 2 発情目以降での受胎(9.8%) に比べ高値を示しました。

これらの結果は,分娩後初回発情での受胎では2回目以 降の受胎と比較し Early Pregnancy Loss が高いとするこれまでの報告と同一の 結果であると言えます。しかし, 過去の報告の中には,分娩後初回発情での 受胎と 2 発情目以降での受胎とで,Early Pregnancy Loss の発生が同程度とす る報告も認められます。

このような結果の相違がなぜ起こるのかに ついては不明です。

本研究の結果から Pregnancy Loss Days 17-35 および Pregnancy Loss Day 35-foaling の発生率を低下させるためには,繁殖雌馬の分 娩後の状態をよく見極め, 状態が思わしくない雌馬では分娩後初回発情を見送 るべきであると考えています。

特に日本国内における過去の調査から,分娩後初回発情での交配が一般的で あり,分娩馬の 79%が分娩後初回発情での交配を実施しており, 分娩後の状 態が良好でない繁殖雌馬も交配を行っている可能性が高く, 現場の獣医師によ る分娩後の繁殖雌馬の状態の見極めが Pregnancy Loss の発生率を低下させるた めに重要であると考えています。

Loy と Ishii らは,分娩後初回発情での交配において, 排卵が分娩 後 10 日以降に起こった場合に受胎率が高いことを報告しています。また, Blanchard らは,分娩後 7-10 日に交配, 受胎した繁殖雌馬の Pregnancy Loss の発生率(14%:6/42) は, 分娩後 11-20 日に交配, 受胎した繁殖雌馬での発 生率(8.3% :20/240) に比べ有意に高いことを示しています。

本研究の結果では Pregnancy Loss Days 17-35 および Pregnancy Loss Day 35-foaling の合計の発 生率は,分娩後 10 日以内の交配では 20.9%であり,分娩後 11 日以降の交配での20.2%と差は認められませんでした。

このことから,本研究での分娩後初回発情での 交配での Pregnancy Loss は Blanchard らの結果に比較し高く, 特に分娩後 11-20 日での交配において高い値が示されました。

このような結果の相違が起こる要 因として, 調査対象品種が異なるという点, さらに, 分娩後初回発情での交配 に供された繁殖雌馬の状態が影響を及ぼした可能性を推測しています。

本研究では 調査対象がサラブレッド種であるのに対し, Blanchard らの研究ではクォー ターホース種を調査対象としているため,この品種の差が結果に影響を与えて いる可能性があります。また, Blanchard らの研究では分娩後初回発情での交配は分 娩後 7-10 日より 11-20 日の群で多く, 本研究では分娩後 7-10 日での交配が多 く, 11-20 日での交配は少ないのがわかっています。

これは日高管内では慣例的に大部分の繁殖雌馬 が分娩後初回発情で交配しているのに対し, Blanchard らの研究ではより選 択的に分娩後初回発情での交配を行っており,分娩後 7-10 日での交配を見送る 場合が多いためだと推測されます。

そのため, 日高管内においても分娩後の状態 が良好な繁殖雌馬のみを分娩後初回発情での交配に供することで, Pregnancy Loss の発生率が低下する可能性があると考えています。

子宮内膜シスト

Adams らは,子宮内膜シストの存在は子宮内膜の劣化と関連しており, 子宮内膜シストが認められるものではシストの認められないものに比較して Pregnancy Loss Days 17-35 および Pregnancy Loss Day 35-foaling の発生率が 高い値を示すと報告しました。

これまでの,子宮内膜シストの存在と子宮組織の線維化の程度は正の相関が あると報告されています。さらに ,Ferreira らは子宮内膜シ スト周囲の血流量は低下していることを報告し,この血流量の低下が受胎率の 低下や Early Pregnancy Loss の上昇を引き起こしていると推察しています。

それ ゆえ, 子宮内膜シストが認められる繁殖雌馬は受胎率が低く, Early Pregnancy Loss の発生率が高いという結果は驚くべきことではありません。 しかし, Eilts らは,繁殖雌馬の年齢を考慮に入れると子宮内膜シストの有無はPregnancy Loss の発生率に影響を与えなかったと報告しています。

本研究では, 子宮内膜シストが認められた繁殖雌馬は,子宮内膜シストが認められなかった 繁殖雌馬に比較して有意に高い Pregnancy Loss Days 17-35 の発生率を示しました。 特に 14 歳未満で子宮内膜シストが認められた繁殖雌馬では高い Pregnancy Loss Days 17-35 の発生率を示しました。

これらのことから,子宮内膜シストは,若齢馬 において繁殖能力との関連性が強く, また子宮内膜シストは年齢よりも明確に その繁殖雌馬の繁殖能力に影響を及ぼしている可能性が示唆されました。Ferreira らは,子宮内膜シストが認められる範囲では血流量の低下が認められること, さらに子宮内膜シストが認められない繁殖雌馬では加齢による血流量への 影響は認められなかったと報告している。

子宮内膜シストを有する若齢の繁殖 雌馬では,子宮内膜シストの周囲において子宮内の血流量が低下し, それに伴 い子宮の排出能が低下することで子宮内環境が悪化したため Pregnancy Loss Days 17-35 の発生率が上昇したと推察されます。
今後, 子宮内膜シストが繁殖能 力に与える影響について,そのメカニズムの解明が必要だと考えています。

黄体ホルモン製剤の投与

これまで,受胎馬へのプロゲステロンの投与は,明らかな効果は証明されて いないにも関わらず, 多くの臨床現場において受胎馬の妊娠維持を目的として 広く一般的に行われていると記されています。これまでの報告では,妊娠 維持を目的としたプロゲステロンの投与として, Altrenogest (0.044 mg/kg) を 1 日 1 回, 経口投与もしくはプロゲステロン (100–150 mg/head in oil) を 1 日 1 回, 筋肉内投与が推奨されています。

どちらの投与方法を用いても内因 性プロゲステロンが欠乏した受胎馬において妊娠維持に効果的であると報告さ れています。

本研究では,プロゲステロン投与の有無は各獣医師の判断 に任されており, プロゲステロン投与群に Early Pregnancy Loss の発症リスク の高い馬が多く含まれる可能性は否定できません。本研究の結果は,初回妊娠診 断時のプロゲステロン製剤の単回筋肉内投与が Pregnancy Loss Days 17-35 の リスクを上昇させることを示しているのではなく, Pregnancy Loss Days 17-35の発生を防ぐには効果的ではないことを示していると考えています。

それゆえ, 調査時に日高地域で慣習的に行われていた初回妊娠診断時のプロゲステロン製 剤の単回筋肉内投与は,Early Pregnancy Loss を防ぐための有効な方法とは考 えられず, その必要性について再考するべきだと考えています。

双胎

サラブレッドにおいて,初回妊娠診断時の多胎率は 7.8~10.5%と報告されて います。本研究において,初回妊娠診断時の多胎率は 11.3%であり, こ れまでの報告と類似しています。

一般的に双胎の場合, 胚の固着が起こる前に一 方の胎胞を用手にて破砕することで 90%以上が単胎での妊娠が維持されます。

2 つの研究において,減胎処置を行った受胎馬の Early Pregnancy Loss の 発生率は 20% (21.98%–23.1%)であり, 単胎の雌馬と比較し有意に高いことが 報告されています。

しかし, 他の研究では,早期の適切な減胎処置は Early Pregnancy Loss の発生率に影響を与えていません。

本研究の 結果もこれらの研究と同様に, 減胎処置は Pregnancy Loss Days 17-35 の発生 率に影響を与えませんでした。

そのため, 適切な時期に実施される経直腸減胎処置 は,その後の妊娠維持に対して悪影響は認められないと考えられます

このこと は,排卵誘発剤の使用により多胎率が増加し, その結果,減胎処置による Pregnancy Loss のリスクを恐れる軽種馬生産農家にとって有用な情報となり, 積極的な排卵誘発剤投与を後押しすると考えています。

繁殖牝馬の年齢・状態

繁殖雌馬の年齢は,受胎率および Early Pregnancy Loss および Late Pregnancy Loss の発生率に影響を与えると報告されています。
本研究におい ても,繁殖雌馬の年齢が上昇するに伴い Pregnancy Loss Days 17-35 の増加が 認められました。加齢に伴う繁殖能力の低下は,加齢による子宮内膜の退行性変化 の影響と考えられています。

Woods らは,繁殖雌馬の状態が繁殖成績に影響を与えると報告しています。 特に, 未経産馬では,空胎馬および泌乳馬に比較し Early Pregnancy Loss およ び Late Pregnancy Loss の発生率が低いと報告されています。上記の発生率の差はそれぞれの群の繁殖雌馬の年齢に依存していると考えられます。未経 産馬は,空胎馬および泌乳馬と比較して明らかに若い繁殖雌馬のみで構成されています。

本研究では, 雌馬の年齢を考慮に入れて繁殖雌馬の状態と Pregnancy Loss Days 17-35 および Pregnancy Loss Days 35-foaling の発生率との関連性 について検討したところ, 雌馬の状態による発生率への影響は認められませんでした。


まとめ

交配後 17 日の初回妊娠診断から分娩までの間に 14.7%の繁殖雌馬において Pregnancy Loss Days 17-35 もしくは Pregnancy Loss Days 35-foaling が起こることが明らかとなりました。

それゆえ, Pregnancy Loss が日高における競走馬生産に与える経済的損失は大きいと考えられます。しかし, どのような 予防対策を行ったとしても臨床現場において Pregnancy Loss の発生を完全に予 防することができないことも明らかとなりました。

Pregnancy Loss による経済的損 失を軽減するためには, 
初回の妊娠診断後においても 10-14 日毎に超音波診断 装置にて妊娠診断を実施し, Pregnancy Loss の早期発見に努めるべきだと考えています。

本研究の結果より Pregnancy Loss の発生率を低下させるためには
繁殖雌馬の BCS を適切な状態に維持すること
分娩後初回発情での交配を見送 ること
の2点が有用だと考えています。

今回の記事でPregnancy Lossの論文紹介は終了です。
ありがとうございました。

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