2歳馬のレポジトリー;球節;球節の骨嚢胞

要約

球節での骨嚢胞は第三中手/中足骨の遠位、もしくは第一指/趾骨の近位で認められます。

X-ray画像で球節の骨嚢胞が認められた馬、全てが跛行を示す訳ではありません。
トレーニングセールにおいて騎乗供覧が可能であった馬では、このような所見が将来の跛行の原因となる可能性が低いと考えられます。

はじめに

レポジトリーに提出されるX-rayで球節の骨嚢胞が認められることは非常に稀です。

ここでの骨嚢胞とは正確には軟骨下骨嚢胞のことを示しています。

僕の主な診療対象である若齢馬のサラブレットでは大腿骨内側顆に認められることがもっとも多いのです。他にもここに記載している第三中手/中足骨遠位、第一指/趾骨近位にも認められます。さらに蹄骨近位、第二指/趾骨近位および遠位、第一指/趾骨の遠位、橈骨近位、肩甲骨の遠位などにも認められることがわかっています。

いずれの部位で認められる骨嚢胞についても跛行の原因となり得ます。

ここでは球節の骨嚢胞について話を進めていきます。


第三中手骨/中足骨遠位・第一指骨/趾骨近位の骨嚢胞





図の黒矢印で示しているのが第三中手骨遠位の骨嚢胞になります。

関節部に大きく開口しているのが確認できると思います。

このX-rayを見ると跛行の原因になっても不思議ではありませんが、この症例は跛行を認めることなく競走馬として出走しました。このようなX-ray所見が認められるからといって全ての馬で跛行を呈する訳ではありません。



こちらの図の黒矢印で示しているのが第一指骨近位の骨嚢胞になります。

こちらは前出の第三中手骨のものと比較すると非常に小さく、輪郭もぼやけています。

この馬も育成期も跛行を呈することなく、競走馬として出走しました。


このように全ての骨嚢胞を持つ馬が跛行する訳ではありません。

骨嚢胞を持つ馬の中の何割かが跛行を呈することになります。



それでは2歳馬のレポジトリーにおける詳細な情報を確認していきましょう。



日本国内の2歳馬を調査したMiyakoshiらの報告 (2016)ではこの所見の発生率は、前肢で0.4% (3/691)、後肢で0% (0/660)であったと報告されており、非常に稀に認められる所見であることがわかります。


米国での2歳馬を調査した研究では、球節部の骨嚢胞について記載が認められませんでした。(Meagher et al. 2013)


このような結果から、2歳馬のトレーニングセールにおける球節部骨嚢胞の発生率は1%未満と予測され、非常に稀なレントゲン所見であると言えます。

1歳馬のレポジトリーにおいても
球節における骨嚢胞の発生率は1%未満であることが過去の報告より明らかになっています。(Kane et al. 2003, Miyakoshi et al. 2016)


気になる競走成績への影響についてですが、上記の論文の結果を確認してみましょう。


日本国内の調査 (Miyakoshi et al. 2016)では、2歳時の出走率および2-3歳時の出走率について検討しています。
球節の骨嚢胞が認められた馬は3頭であり、3頭全ての馬が2歳時に出走していました。
頭数が少ないため、統計解析を実施することができませんでした。
少ない頭数ですが、全ての馬が2歳時に出走できたことで、この所見が認められた馬でも無事に調教を行えた馬であれば高い確率で出走できることが予測されます。


1歳馬のレポジトリーについての調査結果についても確認しておきましょう。

日本国内の調査 (Miyakoshi et al. 2017)では、2-3歳時の出走率との関連性について調査されています。第三中手骨遠位の骨嚢胞が認められた馬は3頭であり、その内2頭が競走馬として出走したしている。そのため、出走率は66.7%。第一指骨近位の骨嚢胞は2頭で認められ、その内1頭が出走しているので、出走率は50.0%と記載されている。

両方の所見を合算すると、5頭中3頭が出走しており、出走率は60%となります。

アメリカでの調査 (Kane et al. 2003) では、出走率に加えて、出走した馬については入着率、獲得賞金、1回走行あたりの獲得賞金についても調査しています。アメリカにおける調査の結果、この所見は全ての調査項目に影響を与えませんでした。

ここで示した論文での限界としては、この所見は発生頻度が低いため、症例数が少ないことが挙げられます。

2歳馬のトレーニングセールでは、セール前に調教供覧が実施されるため、かなりの運動強度で調教可能なことが示されます。
そのため、レポジトリーで球節の骨嚢胞が認められていれも調教供覧を実施した馬であれば、将来の跛行の原因となる可能性が低いと予測されます。



1歳馬のレポジトリーの記事でも記載しましたが、治療についても記載してみます。


第三中手骨遠位の骨嚢胞については治療に関する論文が発表されていました。


Hoganら(1997)が発表したこの論文では15頭の第三中手骨遠位の骨嚢胞に対して手術を実施しており、12頭は関節鏡手術での骨嚢胞掻爬を実施し、3頭は関節切開による骨嚢胞掻爬を実施していました。15頭中12頭は手術後、目的とした使役に復帰しました。

この論文における外科治療による復帰率は80%と報告されています。



骨嚢胞の治療方法としては大きく分けると下の4つの選択肢があると考えられます。

1. 保存療法; 馬房内休養、運動制限などが当てはまります。

2. 掻爬術; 関節鏡手術もしくは関節切開によって骨嚢胞掻爬を行います。

3. ステロイド注入; 骨嚢胞内にステロイド剤を注入する方法です。

4. 螺子挿入術; 骨嚢胞の内外/前後を螺子を挿入し固定する方法です。



大腿骨内側顆の骨嚢胞の場合、掻爬術、ステロイドの注入そして螺子挿入での治癒率は55-85%程度と報告されています。他の部位での剥離骨折などと比較すると予後は悪く、購入を検討する場合はそのリスクについて十分に理解する必要があると思います。


大腿骨内側顆の骨嚢胞では "4.螺子挿入術" がもっとも新しい手術方法で、術後成績も良好だと報告されています。

この螺子挿入術は球節での応用も可能です。

たとえば第一指骨近位の骨嚢胞だと・・・



X-ray画像では手術前の骨嚢胞に比較し、手術後6ヶ月で明らかに骨嚢胞が小さくなっているのがわかります。

この症例は手術から8ヶ月後に無事に競走馬としてデビューし、現在も現役競走馬として頑張ってくれています。手術により治癒すれば、競走馬として活躍してくれる馬もいます。



まとめ

2歳馬のトレーニングセールでの球節の骨嚢胞は

・球節の骨嚢胞は非常に稀に認められる所見の1つ

・所見が認められる馬、全てが跛行する訳ではない

・無事に調教供覧ができた馬では出走率が良好

・跛行した場合、手術による治療方法があるが治療成績は55-85%の復帰率

・購入する際にはリスクについて十分に理解

と考えています。

参考文献

下記に参考文献を示します。興味を持たれた方はぜひ原文を読んでいただければ幸いです。

Meagher, D. M., Bromberek, J. L., Meagher, D. T., Gardner, I. A., Puchalski, S. M., & Stover, S. M. (2013). Prevalence of abnormal radiographic findings in 2-year-old Thoroughbreds at in-training sales and associations with racing performance. Journal of the American Veterinary Medical Association, 242(7), 969-976.


MIYAKOSHI, D., SENBA, H., SHIKICHI, M., MAEDA, M., SHIBATA, R., & MISUMI, K. (2016). A retrospective study of radiographic abnormalities in the repositories of 2-year-old Thoroughbred in-training sales in Japan. Journal of equine science, 27(2), 67-76.



Hogan, P. M., McIlwraith, C. W., Honnas, C. M., Watkins, J. P., & Bramlage, L. R. (1997). Surgical treatment of subchondral cystic lesions of the third metacarpal bone: results in 15 horses (1986–1994). Equine veterinary journal, 29(6), 477-482.


Kane, A. J., et al. "Radiographic changes in Thoroughbred yearlings. Part 1: Prevalence at the time of the yearling sales." Equine Veterinary Journal 35.4 (2003): 354-365.



Kane, A. J., et al. "Radiographic changes in Thoroughbred yearlings. Part 2: Associations with racing performance." Equine veterinary journal 35.4 (2003): 366-374.


Jackson, Melissa, et al. "A prospective study of presale radiographs of Thoroughbred yearlings." Rural Industries Research and Development Corporation. Publication 09/082 (2009): 09-082.


Miyakoshi, Daisuke, et al. "A retrospective study of radiographic abnormalities in the repositories for Thoroughbreds at yearling sales in Japan." Journal of Veterinary Medical Science 79.11 (2017): 1807-1814.

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