はじめに
前々回、前回と排卵誘発剤についての論文を紹介しています。今回の記事はこれまでのまとめになります。
結果のまとめ
正常発情周期を有するサラブレッド種繁殖雌馬において,発育過程にある直径35㎜以上の卵胞およびグレード1~4の子宮浮腫像が認められた場合, hCG製剤を静脈内投与することで投与後48時間以内に約93%で排卵が起こることが明らかになりました。この結果は発情徴候を伴い, 発育途中にある卵胞が卵巣内に存在する繁殖雌馬にhCG製剤を投与した場合, 48時間以内に80%以上で排卵が認められた過去の報告と同等の成績を示したと考えています。
子宮の浮腫
子宮の浮腫像は排卵時期を予測するための重要な指標のひとつです。排卵約2日前になると子宮の浮腫像が消失することは,排卵時期を予測するための有用な指標となります。しかし, 排卵予測の指標としての子宮浮腫像の消失は,未経産馬および空胎馬では信頼性が高いが, 分娩馬の分娩後初回発情での交配時には信頼性が低いと報告されています。
また, 繁殖移行期の排卵を伴わない発情においても, 64%に子宮の浮腫像が抽出されること, 子宮内感染時には強い子宮浮腫像が認められることが報告されており, 子宮浮腫のみから交配のタイミングを決定するのは難しいと考えています。
今回の調査では,子宮の浮腫のグレード3~4が全体の89.1% (131/147) を占めており, その94.7% (124/131) が投薬後48時間以内に排卵しました。
この結果から排卵誘発剤を用いて交配する場合は,子宮の浮腫グレードが消失するのを待つ必要はないと考えています。この結果は, 人気種牡馬に交配希望が集中し, 交配の1-2日前には交配予約を行う必要がある現状では非常に有用な情報だと思います。 臨床現場では子宮浮腫がグレード3ないし4に達した段階で交配予約を行うことが適切だと考えています。
卵胞の直径
一般に,馬の卵胞は35~50mm以上の直径で排卵することが知られています。また, hCG製剤を排卵誘発剤として投与する場合, 卵胞の直径が少なくとも35㎜以上あることが求められています。今回の調査の結果では,卵胞の直径が35~40㎜におけるhCG製剤の投薬は50㎜以上の場合に比べ, 投与後48時間以内の排卵率が低い値となりました。
この要因として, 直径が35〜40㎜の場合, 一部の繁殖雌馬では発情期の初期であったと考えられ, 卵胞が十分に成熟しておらず, hCG製剤への反応が弱かったと考えています。
その結果, 48時間以内に排卵が認められなかったと推察しています。
卵胞直径が50㎜以上になってから自然排卵が起こる繁殖雌馬では, 卵胞直径が35~40㎜でhCG製剤を投与しても, 卵胞が未熟でhCGに反応しない場合があるとされ, そのような馬の場合, 卵胞直径が40㎜よりも大きくなってからのhCGによる排卵誘発を実施すべきだと考えています。
卵胞直径が35~40㎜の場合には,特に子宮浮腫のグレードを考慮に入れ, 交配適期を判断することが重要だと思います。
排卵誘発剤のシーズンあたりの使用回数
分子量の大きい(36kDa)異種タンパクホルモンであるhCGは, 複数回投与により抗体を産生するため低用量で1シーズン中2回までの使用が推奨されています。今回の調査では1シーズン1~2回目の使用での排卵率は3~4回目の排卵率に比較し高い傾向が認められましたが、 3~4回目の症例数が少ないためさらなる検討が必要だと思います。これまでの報告では, 3回目以降の交配において排卵誘発剤の使用の必要がある場合は, 抗体産生の心配がないdeslorelin acetate など,他の排卵誘発剤の使用が推奨されていました。
35mm以上の卵胞の個数
今回の調査では直径35㎜以上の卵胞の個数は排卵率へ影響を与えませんでした。しかし, hCG製剤投与時に卵胞が複数個ある場合,48時間以内の排卵率が50%程度まで低下するとの報告があり, 卵胞の個数が48時間以内の排卵率に影響を与える可能性があると考えています。
排卵誘発剤の投与量
排卵誘発剤としてhCGを使用する場合,推奨される投与量は1500~3300IUです。さらに低量の投与(750IU)であっても充分な効果が期待できるとする報告も認められます。また, 排卵誘発作用のためのhCG 4500IU以上の高用量での使用は受胎率を低下させることが報告されています。
本研究においても3000IUの投与量で充分な排卵誘発効果が得られました。
本研究の結果から, 3000IUの投与量は, 35㎜以上の卵胞の排卵を促進するのに十分な投与量であると考えています。
排卵誘発剤の投与タイミング
今回の調査ではhCG製剤を交配6~24時間前に投与しました。
人工授精用の交配プログラムでは,精子を注入する12~24時間前でのhCG投与が推奨されています。また, 自然交配においても交配前6~24時間での投与が推奨されています。
交配予定時刻が明らかな場合, 事前のhCG投与は,より適切なタイミング(可能な限り交配後早い時間での排卵)で排卵させるための有用な処置と考えています。
交配する種牡馬の人気が高い場合,もしくは1発情で1交配のみしか認められていない場合には, 排卵誘発剤の積極的な使用が推奨されると考えています。
また, 交配誘導性子宮内膜炎 (breeding-induced endometritis) が疑われる場合においても,複数回の交配による子宮の炎症を防ぐために排卵誘発剤を使用するべきだと思います。
まとめ
以上の結果から, 今回の調査では, 経直腸の超音波検査により卵胞の直径に加えて, 子宮浮腫グレードを把握したうえでhCG製剤を用いることは, 適切なタイミングでの排卵を誘起することを可能とし, 繁殖雌馬の交配精度を高め, 繁殖管理を容易にすることができる有用な方法であることを確認いたしました。あとがき
この論文が掲載されたのは2014年なので、すでに4年前の論文になります。実際のデータの収集はさらに昔になるので、途方もなく昔の研究に感じてしまします。
今回の記事が少しでも生産牧場の方の参考になることを期待しています。
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