新生仔馬の鼠径ヘルニア Vol.1

はじめに

昨日、鼠径ヘルニアの子馬を搬入したいとの電話が診療所にあった。良い機会なんで鼠径ヘルニアについて復習。

ちなみに新生子馬の鼠径ヘルニアは一般的に手術適応症例ではない。ほとんどが保存療法で良好に治癒するからだ。

新生仔馬での鼠径ヘルニアには遭遇することが多いように思う。特に、重種馬ではサラブレッドに比較し発生率が高いと感じているが、実際の発生率についてはよく知らない。

今回は、仔馬の鼠径ヘルニアについて調べてみた。

Manual of Equine Neonatal Medicine


まずは、Manual of Equine Neonatal Medicineで調べてみる。
Manual of Equine Neonatal Medicine はハンドブック形式で持ち運びに便利な教科書になっている。ソフトカバーで、サイズも小さいので往診車に載せていても邪魔にはならない。

ただし、サイズが小さいので、すべての事柄について詳細な記載があるわけではない。
今回は当歳馬の鼠径ヘルニアについて調べる為にこの本を開いたが、
記載はたった4行のみ。

鼠径ヘルニア
  1. 通常は生後の数日間において認められる。毎日、脱出している腹腔臓器を手で腹腔内に押し戻してやることでしばしばこの症状は治癒する。
  2. もし、広範囲であれば、ヘルニアを起こしている方では去勢を実施し、ヘルニアの外科的整復を実施する。
(以上で翻訳引用終了)

ちょっと情報量が少ないようだ。さらに他のTextbookについても調べてみよう。

Equine Neonatology Medicine and Surgery

次に開いたのはEquine Neonatology Medicine and Surgery。
緑の表紙の仔馬について詳細な記載のある教科書だ。

Scrotal/inguinal herniasが章のタイトルになっているので、

陰嚢/鼠径ヘルニアと訳してみました。

陰嚢ヘルニアは新生子馬で認められ、特に重種馬においてよく認められる。陰嚢ヘルニアが認められた新生子馬の多くが自然に治癒する。先天性の鼠径ヘルニアは遺伝により発生することが強く疑われる。鼠径ヘルニアはほとんどが牡馬において認められるが、牝馬においても発生するとの報告がある。しかし、牝馬における報告はまれである。非常に若い新生子馬において精巣が陰嚢に下垂する前に鼠径管および陰嚢に腸管が入り込む場合がある。このようなケースは外傷に起因すると思われる。
(ここまで引用翻訳)

ここまでが陰嚢/鼠径ヘルニアについての病因論。
臨床症状についても記載がある。

陰嚢に認められる縮小する腫脹陰嚢内に腸管、脂肪そして大網が認められる。陰嚢ヘルニアと鼠径ヘルニアは単純に脱出物の存在する位置が異なるため分類される。

  • 鼠径ヘルニア;内容物は内鼠径管を通過しているが陰嚢内には到達していない。
  • 陰嚢ヘルニア;内容物は陰嚢内に到達し、精巣鞘膜内、精巣に隣接して存在。
  • 先天的なヘルニアと後天的なヘルニアについては区別する必要がある。前者では精巣鞘膜や鞘状突起がヘルニア嚢を形成するが、後者ではヘルニア嚢が破綻し、内容が皮膚の内側に隣接する。
非絞扼性や通過障害を引き起こさないヘルニアはそれほど問題とはならないだろうが、通常は重篤な疾患(絞扼性疾患など)を予防するために治療が推奨される。絞扼性疾患を引き起こした場合、重篤な疼痛をコントロールできない疝痛症状を示す。


診断方法としては臨床症状と超音波検査が有用との記載がある。
類症鑑別として、いくつかの疾患が挙げられる。

炎症による腫脹(膿瘍、外傷および咬傷)破裂・腹壁の破綻により腹腔臓器が脱出し、皮下に腹腔臓器が存在する場合がある腹腔内に尿が貯留することで陰嚢が腫脹して見える

治療方法についても記載がある。

持続的なヘルニアについては重篤な合併症を起こさないためにも治療すべき。

しかしながら多くの陰嚢ヘルニアについては手術の必要がないだろう。

この理由としては脱出している内容物を用手にて毎日、押し戻す処置を行えばほとんどの陰嚢ヘルニアは外科的介入無しで治癒するからである。用手にてヘルニア内容物を優しく腹腔内に押し戻し、精巣を優しく引っ張ることで処置できる。鼠径輪付近では特に優しく精巣にテンションをかけていく、内蔵が鼠径管に入り込まないように注意する。この方法は容易に畜主が習得することができ、この方法を2−3ヶ月続けることで多くの症例が治癒する。

種々の外科的治療方法が外科学の教科書に記載されている。外科的手術は選択的に実施され、通常、同時に片側の去勢が実施される。外科手術の適応例としては、合併症が認められるもの(脱出した腸管の嵌頓もしくは絞扼)、用手処置を2−3ヶ月継続しても改善がみとめられないもの、そして、用手処置を行っているにも関わらずヘルニア輪が大きくなってきたものとなる。

外科的治療は無菌的に仰臥位で行われる。切開は外鼠径輪上に行われる(通常触診可能)精巣鞘膜を深部組織から分離するが、切開しないように注意する。

精巣を精索を繰り返し捻りながら牽引する。これは捻ることでヘルニアの内容を腹腔内に押し戻すことができる。精索を外鼠径輪に縫い付け固定する。外鼠径輪を太めの吸収糸で頭ー尾側方向に閉鎖する。精巣を去勢し、皮膚縫合を実施する。
さらに近年、腹腔鏡による手術方法が報告されている。腸管の絞扼性病変が疑われ、コントロールできない疼痛を示す症例については常に外科的治療の対象となる。
(翻訳引用終了)

教科書を読む限りでは外科的な介入が必要なケースはまれなように思える。
合併症が認められない状態であれば、用手処置を継続して行い、2−3ヶ月齢になっても改善しない場合のみが手術対象となるのだろう。

これまでに僕自身も何度か新生子馬の鼠径ヘルニアに遭遇している。ただし、手術を実施した記憶はない。
実際に経験した症例では全てで、脱出している内容物を腹腔内に押し戻す処置を継続的に行う事で良好な治癒を得ている。

脱出した内容物を腹腔内に押し戻すのは、新生子馬が横臥になっている際に行うとスムーズだと思う。時折、立位のまま、内容物を腹腔内に押し戻すことを試みる方もいるけど、立位ではすぐに内容物は脱出してしまう。

子馬は横臥になっている時間がかなり長いので、横臥になっている際に、近づき、内容物を押し戻す事がうまくいくコツだ。

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