要約
前肢および後肢における近位種子骨の靭帯付着部の異常は競走成績に悪影響を与える可能性があり、慎重に評価する必要があります。近位種子骨の伸長および異常な形状については競走成績に影響を与えないと考えられます。
レポジトリーを評価する際には近位種子骨の靭帯付着部の異常については臨床症状および実馬検査を含めた慎重な判断が推奨されます。
はじめに
近位種子骨の外貌的な評価は非常に難しいと思います。今回取り上げているX-ray所見も診断基準には同様の基準を用いているものの、診断獣医師が異なるため発生率が大きく異なっています。この辺が近位種子骨を評価する難しさですね。
種子骨の線状陰影、つまり"鬆が入っているのか”について気にする人は多いのですが、
個人的には靭帯付着部の異常がもっとも注意すべき所見だと考えています。
近位種子骨の伸長
この所見はKaneら (2003) により定義されたもので、”近位種子骨が対になる種子骨に比較し2mm以上長いもの" と定義されています。
よりシンプルな表現では "種子骨が縦に長いもの” と言い換えられますね。
”このような所見がなぜ認められるのか?”
正直なところ、正解はわかりませんが、おそらく、当歳時の種子骨骨折に起因すると考えています。
この骨折線が埋まりきらなかった場合は1歳時のX-rayでも種子骨骨折と診断されているのだと考えています。
さて、この所見の発生率について論文を確認しましょう!!
まずは日本国内の1歳馬のレポジトリー提出X-ray画像について調査したMiiyakoshiら (2017) の論文を確認します。この論文では近位種子骨の伸長は前肢では2.1%、後肢では0.8%で認められたことが報告されています。
アメリカの論文ではどのようになっているのでしょう?
アメリカの1歳馬について調査を行なったKaneら (2003) の論文を確認します。この論文では近位種子骨の伸長は前肢では2.6%、後肢では0.7%の割合で発生していたと報告されています。
オーストラリアの1歳馬について調査したJacksonら (2009) の論文ではこの定義は実施されていないため、発生率についての記載はありませんでした。
ここで発生率のまとめです。
近位種子骨の伸長は前肢では2.5%程度、後肢では1%未満で認められる所見
であることがわかります。
前肢では比較的、高頻度で認められる所見と言えると思いますね。
次に競走成績への影響についても論文を確認しましょう!!
まずは日本国内の調査 (Miyakoshi et al. 2017) での記載を確認します。
この論文では2-3歳時の出走率とこの所見の関連性を検討していました。
その結果、前肢で近位種子骨の伸長が認められた馬の出走率は90.9% (所見なしでは92.5%)、後肢で認められた馬の出走率は87.5% (所見なしでは92.6%) でした。
前肢では統計処理の結果、この所見が2-3歳時の出走率に影響を与えないことが明らかになりました。
後肢でこの所見が認められた馬は8頭のみのため統計処理は行われませんでした。
次にアメリカでの調査 (Kane et al. 2003) についても確認しましょう!
この調査では2-3歳時の出走率に加え、獲得賞金、入着率、1回出走あたりの獲得賞金についても検討しています。
この論文では、前肢および後肢のいずれにおいてもいかなる調査項目とも有意な関連性を示さなかったと記載されています。
ではまとめですね。
近位種子骨の伸長は競走成績への影響は限定的と考えられます。
このことは前肢、後肢のいずれにも当てはまりますね。
近位種子骨の異常な形状
この所見はKaneら (2003)が定義した所見となり、”近位種子骨が近位方向、遠位方向もしくは軸外方向に肥大しているもの” と定義されています。
より簡単に考えると”近位種子骨が大きくなっているもの” と言えると思います。
どのような機序でこのような種子骨の形状になるのかについては十分な情報は見つけられませんでした。
さて、この所見についても1歳馬での発生率を確認してみましょう!
まずは日本国内の1歳馬のレポジトリー提出X-ray画像について調査したMiiyakoshiら (2017) の論文を確認します。この論文では近位種子骨の異常な形状は前肢では8.2%、後肢では6.2%で認められたことが報告されています。
アメリカの論文ではどのようになっているのでしょう?
アメリカの1歳馬について調査を行なったKaneら (2003) の論文を確認します。この論文では近位種子骨の伸長は前肢では3.0%、後肢では2.1%の割合で発生していたと報告されています。
オーストラリアの1歳馬について調査したJacksonら (2009) の論文ではこの定義は実施されていないため、発生率についての記載はありませんでした。
それでは競走成績への影響についても確認してみましょう!
まずは日本国内の調査 (Miyakoshi et al. 2017) での記載を確認します。
この論文では2-3歳時の出走率とこの所見の関連性を検討していました。
前肢で近位種子骨の異常な形状が認められた馬の出走率は92.0%、後肢で認められた馬では92.2%であり、いずれも所見が認められなかった馬と同様の値を示しています。
つまり、出走率への影響はありませんね。
次にアメリカでの調査 (Kane et al.2003) の結果を見てみましょう!
この調査では2-3歳時の出走率に加え、獲得賞金、入着率、1回出走あたりの獲得賞金についても検討しています。
この調査の結果、前肢および後肢の種子骨の異常な形状はいずれの競走成績の調査項目とも関連性が認められませんでした。つまり、近位種子骨の異常な形状は競走成績に影響を与えないと報告されています。
オーストラリアでの調査 (Jackson et al. 2009) では近位種子骨の異常な形状については調査していないためデータがありませんでした。
ではまとめですね。
近位種子骨の異常な形状は5%前後の発生率で認められます。
近位種子骨の異常な形状は前肢および後肢のいずれに認められた場合でも競走成績に影響を与えませんでした。
つまり、レポジトリーにおいてはそれほど気にする必要がない所見と言えますね。
近位種子骨の靭帯付着部の異常
この所見は近位種子骨における靭帯付着部でのモデリング像を指しています。
主に近位種子骨の遠位で直種子骨靭帯や斜種子骨靭帯の付着部でのモデリング像が多く認められると思います。
私はこのX-ray所見は若齢時の捻挫に起因する所見だと考えられます。
そのため、この所見の多くは1歳時には臨床症状を伴うことがありません。
それでは早速、その発生率について論文を確認していきましょう!
まずは日本国内の1歳馬のレポジトリー提出X-ray画像について調査したMiiyakoshiら (2017) の論文を確認します。この論文では近位種子骨における靭帯付着部の異常は前肢では6.3%、後肢では7.7%で認められたことが報告されています。
アメリカでの調査についても確認してみます。Kaneらの調査 (2003) の結果では、近位種子骨における靭帯付着部の異常は前肢では1.2%、後肢では1.3%で認められたことが示されています。
オーストラリアでの調査結果についても確認してみましょう!
Jacksonら (2009) の調査の結果では”靭帯付着部の異常”とは表記せず、近位種子骨のモデリングとして定義し、発生率を記載しています。
近位種子骨のモデリングは前肢では3.8%、後肢では4.0%の発生率が認められました。
では発生率についてまとめます。
近位種子骨における靭帯付着部の異常は前肢よりも後肢で多く認められます。
その発生率は前肢で1.2-6.3%、後肢で1.3-7.7%で、報告により差が認められました。
これは各論文で診断基準が微妙に異なる結果かもしれませんね。
それでは競走成績への影響についても各論文を確認してみましょう!!
まずは日本国内の調査 (Miyakoshi et al. 2017) での記載を確認します。
この論文では2-3歳時の出走率とこの所見の関連性を検討していました。
前肢で近位種子骨における靭帯付着部の異常が認められた馬の出走率は93.9%、後肢で認められた馬では93.7%であり、いずれも所見が認められなかった馬とほぼ同様の値を示しています。
つまり、この調査では近位種子骨における靭帯付着部の異常は競走成績への影響は認められませんね。
次にアメリカでの調査 (Kane et al. 2003) 結果についても確認します!
この調査では2-3歳時の出走率に加え、獲得賞金、入着率、1回出走あたりの獲得賞金についても検討しています。
前肢の近位種子骨における靭帯付着部の異常が認められた馬の出走率は57%であり、対照群の出走率 (82%) と比較し有意に低い値を示しました。他の調査項目では前肢の近位種子骨における靭帯付着部の異常と対照群に差は認められませんでした。
後肢の近位種子骨における靭帯付着部の異常が認めれた馬の出走率は64%であり、対照群 (82%) と比較しやや低い値を示したものの、有意差は認められませんでした。
さらに後肢の近位種子骨における靭帯付着部の異常が認められた馬では対照群と比較し獲得賞金、1回出走あたりの獲得賞金が有意に低く、入着率も有意に低いことが報告されています。
つまり、アメリカでの調査結果では前肢および後肢の近位種子骨における靭帯付着部の異常所見は競走成績に悪影響を与えたと考えられますね。
オーストラリアでの調査結果についても確認しましょう!
Jacksonら (2009)の調査では2-3歳時の出走率に加え、入着率、獲得賞金、1回出走あたりの獲得賞金などについても調査しています。
前肢の種子骨のモデリング(靭帯付着部の異常)が認められた馬の出走率は70%であり、対照群の79.3%に比較し有意に低い値を示しました。他の調査項目では所見が認められた馬と対照群の間に差は認められませんでした。
後肢の種子骨のモデリング (靭帯付着部の異常) が認められた馬は対照群と比較し、いずれの調査項目においても差は認められませんでした。
つまり、オーストラリアの論文からは、前肢の近位種子骨における靭帯付着部の異常は出走率に悪影響を与えたことがわかりますね。
さて、まとめです。
前肢における近位種子骨の靭帯付着部の異常は出走率に影響を与える可能性が高いと考えられます。そのため、臨床症状やX-ray所見の程度も合わせて確認する必要がありますね。
後肢の近位種子骨の靭帯付着部の異常についても競走成績に影響を与える可能性がります。前肢と同様に臨床症状や実馬検査で慎重に判断する必要がありますね。
まとめ
・近位種子骨の伸長および異常な形状は競走成績に影響を与えない・近位種子骨における靭帯付着部の異常は競走成績に悪影響を当たる可能性あり
・特に前肢の靭帯付着部の異常については慎重な判断が必要
と考えられますね。参考にしてみてください。
参考文献
今回の記事では下記の参考文献の情報を元にしています。興味がある方はぜひ原文も読んでみてくださいね。
Kane, A. J., Park, R. D., McIlwraith, C. W., Rantanen, N. W., Morehead, J. P., & Bramlage, L. R. (2003). Radiographic changes in Thoroughbred yearlings. Part 1: Prevalence at the time of the yearling sales. Equine Veterinary Journal, 35(4), 354-365.
Kane, A. J., McIlwraith, C. W., Park, R. D., Rantanen, N. W., Morehead, J. P., & Bramlage, L. R. (2003). Radiographic changes in Thoroughbred yearlings. Part 2: Associations with racing performance. Equine veterinary journal, 35(4), 366-374.
Jackson, M., Vizard, A., Anderson, G., Clarke, A., Mattoon, J., Lavelle, R., ... & Whitton, C. (2009). A prospective study of presale radiographs of Thoroughbred yearlings. Rural Industries Research and Development Corporation. Publication, (09/082), 09-082.
Miyakoshi, D., Senba, H., Shikichi, M., Maeda, M., Shibata, R., & Misumi, K. (2017). A retrospective study of radiographic abnormalities in the repositories for Thoroughbreds at yearling sales in Japan. Journal of Veterinary Medical Science, 79(11), 1807-1814.
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