1歳馬のレポジトリー;球節; 近位種子骨の骨折

要約

レポジトリーで認められる近位種子骨の骨折画像は過去の骨折を示している場合が多く、
競走成績には悪影響を与えないケースがほとんどです。レポジトリーにおいては、後肢の種子骨骨折は予後が良好であると考えられます。前肢の種子骨骨折ではやや出走率に不安があるため、慎重に現状を評価する必要があります。

はじめに

レポジトリーでの種子骨骨折像はほとんどの症例で臨床所見 (関節の腫脹/跛行) を伴わない場合が多く、過去の骨折痕を示していると考えています。
そのため、X-rayで種子骨骨折像が確認されたことを生産者に伝えても、驚かれることが多かったりします。


近位種子骨骨折

図の白矢印でお示しするのが、近位種子骨の骨折になります。
種子骨の尖端部分が浮き上がっているのがお判りいただけると思います。
この種子骨骨折はその部位によって4つに分類されます。


  • Apical; この画像のように種子骨の尖端が骨折しているタイプ
  • Midbody; 種子骨の真ん中で骨折するタイプ
  • Basilar; 種子骨の下側、底の部分で骨折しているタイプ
  • Abaxial; 種子骨の軸外、繋靭帯付着部で骨折しているタイプ


この中で1歳馬のレポジトリーで認められることのある所見は、
Apical fracture もしくはBasilar fracture ですね。
トレーニングセールのレポジトリーでは Midbody fracture や Abaxial fracture を見たことがあります。


それではレポジトリーでの種子骨骨折所見の発生率について論文を確認してみましょう!

Miyakoshiら (2017) による国内の調査では、1歳馬のレポジトリーに提出されたX-ray画像において種子骨骨折の発生率は前肢で0.4% (4/1055)、後肢では1.4% (14/1031) でした。

Kaneら (2003) によるアメリカでの調査結果は、種子骨骨折の発生率は前肢0.9%(11/1129) 、後肢では2.9% (31/1102) でした。

Jacksonら (2009) によるオーストラリアでの調査の結果は、種子骨骨折の発生率は前肢で1.5% (35/2401)、後肢で1.9% (41/2401) でした。

これらの調査の結果から、種子骨骨折の発生率は前肢では2%未満、後肢では3%未満であることがわかります。
このため、種子骨骨折の所見はレポジトリーでは中程度の割合で存在する所見と言えると考えられます。

また、前肢よりも後肢で発生率が高いことがわかります。



それでは種子骨骨折所見の競走成績との関連性について論文を確認しましょう!

まずは日本国内のレポジトリー提出画像について調査をしたMiyakoshiらの報告 (2017)では、各所見と2-3歳時の出走率について検討を行なっています。

まず、前肢の種子骨骨折と出走率については前肢の種子骨骨折の症例が4例と少なかったため、統計解析は実施されていません。実数では4例中4例が2-3歳時に出走したことが示されています。

後肢の種子骨骨折については統計処理がなされており、出走率に影響を及ぼさないと結論付けられています。ちなみに出走率は85.7% (12/14)でした。(所見なし; 92.6%)



次にアメリカで実施されたKaneら (2003)の調査結果を確認しましょう。
この調査では出走率に加えて、入着率、獲得賞金、1回走行あたりの獲得賞金について検討しています。
前肢の種子骨骨折はいずれの項目とも関連性が認められませんでした。
後肢の種子骨骨折も前肢の結果と同様にいずれの調査項目とも関連性が認められませんでした。
ただし、前肢の種子骨骨折においてApical/Abaxial fractureの5頭では、2-3歳時の出走率が60% (3頭) であり、対照群 (82%) と比較し低めかもしれません。

オーストラリアでの研究報告 (Jackson et al. 2009) についても結果を確認してみましょう。この調査では、出走率、獲得賞金、入着率など多くの項目についてX-ray所見との関連性を検討しています。

調査の結果、前肢の種子骨骨折は "2歳時および3歳時のいずれの期間においても出走した率" においてこの所見が認められない馬よりも有意に低い値を示しました。
前肢の種子骨骨折ではこの出走した率が18.2%でしたが、対照群では37.3%でした。

後肢の種子骨骨折は1回出走あたりの獲得賞金が対照群に比較し有意に高いという結果を示しました。つまり、後肢に種子骨骨折がある馬の方が1回走る度に稼ぐ金額が大きいという結果です。
うーん、なんででしょうか??
少し不思議な結果ですが、後肢の種子骨骨折が競走成績を向上させているということはないと思います。もちろん、わざわざ後肢に種子骨骨折が認められる馬を選んで購入する必要はありませんが、この結果からも後肢の種子骨骨折は購入の際にそれほど気にする必要がないと考えられます。



3つの調査から、前肢の種子骨骨折については出走率に関してネガティブな影響を示しめす可能性が考えられます。特にApical/Abaxialについては注意してみても良いと思います。
ただ、これまでの個人的な経験から、前肢の種子骨骨折がレポジトリーで認められたとしても臨床症状がなく、過去に大きな跛行を示したことがなければ将来の競走成績に影響しないと考えています。

レポジトリーで発見される種子骨骨折は臨床症状を伴わないものであり、手術による骨片摘出が必要だとは考えていません。跛行や患部の腫脹などの臨床症状を示す場合は、関節鏡手術にて骨折片の摘出が可能です。

また、Schnabelら (2007) の報告によると、2歳以下の近位種子骨骨折 (Apical タイプのみ) に対して関節鏡手術による骨折片摘出術を実施したところ、術後の出走率は84%であり、術後の競走成績は対照群と比較し遜色がなかったことが示されています。
ただし、前肢の種子骨骨折での出走率は55%であるのに対して後肢の種子骨骨折の出走率は86%であり、前肢種子骨の手術後の成績は後肢の場合に比較し低いと結論付けられています。

まとめ

1歳馬のレポジトリーで認められる種子骨骨折所見は・・・
・前肢の種子骨骨折は出走率に不安があるため症状を含めて慎重に評価
・後肢の種子骨骨折は影響が少なく、購入の妨げにならない
・症状が認められる場合は関節鏡手術で摘出可能
です。


参考文献


以下の論文が参考論文となります。もし、気になるようであれば原文を読んでみてください。


Kane, A. J., Park, R. D., McIlwraith, C. W., Rantanen, N. W., Morehead, J. P., & Bramlage, L. R. (2003). Radiographic changes in Thoroughbred yearlings. Part 1: Prevalence at the time of the yearling sales. Equine Veterinary Journal, 35(4), 354-365.



Kane, A. J., McIlwraith, C. W., Park, R. D., Rantanen, N. W., Morehead, J. P., & Bramlage, L. R. (2003). Radiographic changes in Thoroughbred yearlings. Part 2: Associations with racing performance. Equine veterinary journal, 35(4), 366-374.



Jackson, M., Vizard, A., Anderson, G., Clarke, A., Mattoon, J., Lavelle, R., ... & Whitton, C. (2009). A prospective study of presale radiographs of Thoroughbred yearlings. Rural Industries Research and Development Corporation. Publication, (09/082), 09-082.



Miyakoshi, D., Senba, H., Shikichi, M., Maeda, M., Shibata, R., & Misumi, K. (2017). A retrospective study of radiographic abnormalities in the repositories for Thoroughbreds at yearling sales in Japan. Journal of Veterinary Medical Science, 79(11), 1807-1814.

Schnabel, L. V., Bramlage, L. R., Mohammed, H. O., Embertson, R. M., Ruggles, A. J., & Hopper, S. A. (2007). Racing performance after arthroscopic removal of apical sesamoid fracture fragments in Thoroughbred horses age< 2 years: 151 cases (1989–2002). Equine veterinary journal, 39(1), 64-68.



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