今回ご紹介するのは、喉頭片麻痺(反回喉頭神経障害、recurrent laryngeal neuropathy:RLN)に対して、副神経(spinal accessory nerve)を用いた選択的喉頭再支配を行い、その機能的・組織学的な回復を12か月追跡した論文です。フランスのGrosbois馬クリニックを中心に、英国王立獣医大学、コーネル大学らが加わったグループによる報告で、Veterinary Surgery に2026年に掲載されました。
喉頭片麻痺に対する現在の標準治療は喉頭形成術(laryngoplasty、いわゆるタイバック)です。ただしこの術式は披裂軟骨を永続的に外転位で固定するもので、著者らは「気道の確保と、咳・鼻汁・嚥下障害といった合併症との間で常にバランスを取らざるを得ない」と記載しています。これに対して喉頭再支配は、脱神経した背側輪状披裂筋(cricoarytenoideus dorsalis:CAD)に別の神経を移植し、運動時の披裂軟骨の動きそのものを取り戻すことを狙う考え方です。
馬での選択的喉頭再支配は、もともと第1・第2頸神経(C1-C2)を用いて行われてきました。本研究のグループは、それに代わるドナー神経として副神経の腹側枝に着目しています。副神経が支配する胸骨下顎筋(sternomandibularis)の筋電図研究(Campos Schweitzer ら 2022, Equine Veterinary Journal)では、この筋の活動が襲歩時の吸気相と一致し、速度とともに増大すること、そして主にI型筋線維が動員されることが示されていました。CAD筋が吸気時に持続的な活動を必要とすることと合致するため、ドナー神経として生理学的に適している可能性がある、という流れです。
研究の概要
対象は競走馬を引退したサラブレッド牝馬5頭(3〜8歳、平均体重450kg)です。前向きコホート研究として、まず左反回喉頭神経を8cm切除して実験的に喉頭片麻痺を作成し、その8週後に副神経腹側枝を左CAD筋に移植する選択的喉頭再支配を行っています。いずれの手術も起立位(鎮静下)で実施されたと記載されています。
再支配術では、輪状軟骨後縁を中心とした12cmの皮膚切開から喉頭外側・背側を露出させ、一方で胸骨下顎筋の腱に沿って副神経腹側枝を同定します。神経は電気刺激で胸骨下顎筋の収縮を確認したうえで切離し、胸骨下顎筋の深層・総頸動脈の浅層につくったトンネルを通して、緊張がかからない状態で外側CAD筋腹に到達させます。移植は、CAD筋の軸側かつ尾側1/3に作成したポケットに神経断端を収め、3-0ポリジオキサノンで筋を貫通させて固定する方法が記載されています(補足動画S1)。
術後は4.5、6、8、12か月の時点で、トレッドミル運動時内視鏡検査、喉頭内在筋の経皮的超音波検査を行い、安楽死の24時間前には超音波ガイド下に副神経を経皮的に電気刺激しています。運動時内視鏡の評価には、左右の披裂軟骨の外転角度の比(left-to-right quotient angle ratio:LRQ)が用いられました。12か月後に安楽死とし、CAD筋、外側輪状披裂筋(cricoarytenoideus lateralis:CAL)、胸骨下顎筋、副神経、反回喉頭神経の肉眼的・組織学的検査が行われています。
結果
神経切除の8週後には、4頭が運動時グレードC、1頭(5号馬)がグレードDの左披裂軟骨虚脱を示しました。これはRossignolらの分類で、グレードCは「安静時よりも外転が少ないが、声門裂の正中線を越えて虚脱はしない」状態、グレードDは正中線を越えて虚脱する状態を指します。
再支配術の4.5か月後から、速歩で左披裂軟骨のリズミカルな動きが観察されるようになったと記載されています。興味深いのは、この収縮が同側前肢の立脚相と同期して起きていた点で、襲歩では吸気に一致した外転が観察されています。低速襲歩(28km/h)での観察では、左CAD筋の活動は呼気相の2/3あたりで始まり、吸気相の3/4で終わっていたとされています。
LRQの平均値は、脱神経により脱神経前の47%まで低下しました。その後、再支配術から4.5か月で52%、6か月で61%、7.5か月で65%と段階的に改善し、12か月後には脱神経前の約94%まで回復して、脱神経前の値との間に差は認められなかったと記載されています(95%CI [90, 98])。5頭中4頭では、もとの左披裂軟骨外転の95%以上が回復したとされています。1頭(5号馬)のみ回復が遅く不完全で、12か月時点で85%にとどまりました。呼吸音についても、主観的な評価ではあるものの、再支配が進むにつれて減弱したと述べられています。
超音波検査では、脱神経後8週の時点で左CALと左CADのエコー輝度がいずれも明らかに上昇しました。その後、再支配を行った左CADのエコー輝度は低下に転じた一方、再支配していない左CALのエコー輝度は上昇を続けています。著者らは、エコー輝度の低下が再支配の成否を判定する指標として意味を持つ、と述べています。ただし左CADの低下自体は統計学的な有意差には至っていません。
経皮的な副神経刺激では、5頭中3頭で披裂軟骨の外転が誘発され、再支配が確認されました。残り2頭では副神経を超音波で確実に同定できず、刺激自体が行われていません。一方、剖検では5頭すべてで左CAD筋への副神経の移植が確認され、移植部には線維性組織が広く存在していたと記載されています。
組織学的には、再支配された左CAD筋でI型線維の割合と大きさの増加、および線維型のグルーピングが認められ、著者らはこれを脱神経後の再支配に特徴的な所見としています。脱神経のままだった左CALや左胸骨下顎筋では、コラーゲン含量の増加が認められました。また、脱神経・再支配中の線維を示すnCAM染色は、左CALと左胸骨下顎筋で強陽性、再支配された左CADではごくわずかで、回復が不十分だった5号馬でのみ取り込みが増えていたとされています。この5号馬では移植した左副神経の軸索数が約200と際立って少なく、著者らは「披裂軟骨の外転を回復させるにはおよそ200本の軸索が最低限必要と考えられるが、軸索数が多いほど回復は速く完全になる可能性がある」と述べています。
著者らは、2017年に報告されたC1-C2神経移植の症例集積(Rossignol ら, Equine Veterinary Journal)では12か月後に9頭中7頭が運動時グレードCで安定するにとどまっていた点を挙げ、本研究の外転量はそれを大きく上回ると記載しています。ただし、その差が副神経というドナー神経の優位性によるものか、C1-C2の症例で術前のCAD筋萎縮・線維化がより進行していたためかは、当時喉頭超音波検査が行われていないため不明である、としています。
なお臨床例では、著者らは外側CAD筋腹への副神経移植に加えて、内側CAD筋腹へのC1-C2神経移植を併用しているとのことです。本研究でも、内側筋腹ではnCAM発現にばらつきがあり、発芽した軸索が内側の神経筋区画まで届いていないことが多いと示唆されています。CAD筋の2つの神経筋区画はそれぞれ独立した機能単位と考えられており、両方の支配が必要になるという理屈です。
限界としては、5頭という頭数の少なさ、そして自然発症のRLNではなく実験的に作成したモデルである点が挙げられています。加えて、検査と検査の間はほとんど休養させていたため、トレーニングが神経・筋の再生に与える影響については結論を出せないと述べられています。臨床的意義としては、「軽度から中等度のCAD筋萎縮を伴うRLNの馬において、副神経による選択的喉頭再支配は生理的で有効な治療選択肢となりうる」とまとめられています。
日高での意味
日高で喉頭片麻痺が問題になる場面の多くは、1歳市場のレポジトリーに提出する上部気道内視鏡と、育成が進んでからの呼吸音・運動能力の低下です。本論文が扱っているのは市場での評価そのものではありませんが、読むうえで押さえておきたい点が2つあります。ひとつは、この術式が適応として想定しているのが「CAD筋の萎縮が軽度から中等度にとどまる馬」であり、著者らが早期のRLNや医原性の急性喉頭麻痺を挙げていることです。萎縮の程度は症状が出てからの期間だけでは判断できず、本研究では喉頭超音波によるCAD・CAL筋のエコー輝度が、脱神経を検出し再支配の経過を追う指標として使われています。もうひとつは、機能回復までの時間です。運動時内視鏡でのLRQが脱神経前レベルまで戻ったのは術後12か月の時点であり、4.5か月では52%、6か月では61%という経過をたどっています。育成カレンダーのどこにこの期間を置けるかは、術式を検討する際に無視できない情報です。ただし、これらはいずれも実験的に喉頭片麻痺を作成した5頭での結果であり、自然発症例の臨床成績や競走復帰率を示したものではありません。
感想
かなり強力な結果を示した論文になります。
ここまでの結果を示し、かつ実践的な方法を5頭の実験馬で示したことで非常に価値のある論文だと思います。
この論文のdiscussionでも述べられているように現状、実際に症例に対しては副神経とC1C2神経の両方を移植するハイブリット型を選択しているようです。
この論文の方法に従い1頭の手術を実施して、現在は経過を観察しています。
この手術方法が今後、選択肢となりえるのであればかなり有用な選択肢になりえると考えています。最初の1頭が良い結果を示してくれることを望んでいます。
出典
Campos Schweitzer A, Mespoulhès-Rivière C, Perkins JD, Ducharme NG, Piercy RJ, Lynch N, Rossignol F. Functional and histopathologic evidence of laryngeal reinnervation using the spinal accessory nerve in horses. Veterinary Surgery. 2026;1–15. doi:10.1111/vsu.70083
関連して参照した文献
- Rossignol F, Brandenberger O, Perkins JD, Marie J-P, Mespoulhès-Rivière C, Ducharme NG. Modified first or second cervical nerve transplantation technique for the treatment of recurrent laryngeal neuropathy in horses. Equine Veterinary Journal. 2018;50:457–464. doi:10.1111/evj.12788
- Campos Schweitzer A, Mespoulhès-Rivière C, Möller D, Ducharme N, Genton M, Farfan M, Rossignol F. Laryngeal reinnervation using the spinal accessory nerve: Electromyographic study of the sternomandibularis muscle. Equine Veterinary Journal. 2023;55:515–523. doi:10.1111/evj.13859
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