喉頭片麻痺の馬で、麻痺した披裂軟骨をもう一度動かせないか。1989年の Canadian Journal of Veterinary Research に3本続けて掲載されたDucharmeらの報告は、この問いに正面から取り組んだ最初期の系統的な試みです。
第1報は筋片ごと移す神経筋茎移植、第2報は神経の断端を筋に埋め込む方法でした。最終報にあたる今回は、神経を筋に入れるのではなく、神経と神経を直接つなぐ方法です。
何をした研究か
第1頸神経の腹側枝を、左反回喉頭神経の外転筋枝(abductor branch)に吻合する、という術式です。反回喉頭神経の枝のうち外転をつかさどる枝だけを狙って別の神経をつなぐ、という発想で、後年の「選択的」再支配の考え方に近いものといえます。
馬10頭が使われました。
- 実験群6頭:左反回喉頭神経を切断・結紮したうえで吻合
- 対照群4頭:切断・結紮のみ
評価は術前、術後1週、3か月、6か月の4時点。内視鏡と上部気道抵抗の測定が行われました。内視鏡は、室内気を呼吸させた状態と、10%二酸化炭素を吸わせて呼吸を強制した状態の両方で実施されています。10頭とも、術直後は完全な喉頭片麻痺の像を示しました。
披裂軟骨は動いたか
術後3か月から、実験群で左披裂軟骨のクローヌス様(clonic)の部分的な外転運動が観察されるようになりました。対照群では見られていません。
上部気道抵抗は変わらなかった
一方、上部気道抵抗については、術前・術後1週・3か月・6か月のいずれの時点でも、対照群・実験群ともに有意差は認められていません。
著者らは、安静時の呼吸数や気道抵抗の測定では、喉頭片麻痺の馬の上部気道の動的な変化を捉えるには限界がある、と述べています。
筋はどうなっていたか
剖検では、実験群の左右のCAD筋(背側輪状披裂筋)の重量に有意差は認められませんでした。
組織学的には、再支配された筋は「脱神経・再支配された組織と分かる範囲では、全体に驚くほど正常な外観」だったと記載されています。筋内の神経枝では、もとの運動神経が細い神経と新しい髄鞘に完全に置き換わっていました。
筋線維型のパターンもおおむね正常で、一部に一方の線維型が優勢なクラスターが見られましたが、再生過程がもとの神経鞘を完全に辿るとは考えにくいため驚くにはあたらない、としています。線維化が乏しかったことについては、対照群のCAD筋に比べて完全な脱神経状態にあった期間がはるかに短かったためだろう、と説明されています。
著者らの評価
この神経-神経吻合について著者らは、技術的には難しいものの、左CAD筋の重量と組織所見から見れば、先の2報(神経筋茎移植・神経直接移植)よりも優れた再支配の証拠が得られた、と述べています。
一方で、ヒトでの同様の手術に比べて成績が芳しくない点にも触れ、その差は「成功」の定義の違いにあるのではないか、と指摘しています。馬で望まれる結果は競走に耐えることであり、ヒトでの目標とは水準が違う、という趣旨です。
研究中に起きたこと
対照群の1頭が術後2か月に、移動中に右頸静脈周囲へキシラジンを注射され、右反回喉頭神経の伝導ブロックによると思われる喉頭虚脱で、気管切開が間に合わず死亡しています。また実験群の1頭が3か月の評価後、難治性の激しい腹痛のため安楽死となりました。
日高での意味
3報を並べて読むと、当時すでに「組織学的にはよく再支配されているのに、馬として使えるだけの外転は戻らない」という壁がはっきり見えていたことが分かります。
著者ら自身が「成功の定義の違い」と書いているとおり、ヒトの喉頭麻痺で求められる回復と、競走馬に求められる回復は水準がまったく違います。現在の論文が運動時内視鏡やLRQ(左右角度比)といった「運動中の実際の開き」で評価するようになったのは、この壁を数値で扱えるようにするためだ、と読むことができます。
感想
この論文までの3つのシリーズでしたが、どのように感じましたか?
コンセプトは素晴らしいもので実用化されそうな結果かと思います。
それでもなかなか有意な差を見出すことは難しいようです。
出典
Ducharme NG, Viel L, Partlow GD, Hulland TJ, Horney FD. Attempts to Restore Abduction of the Paralyzed Equine Arytenoid Cartilage III. Nerve Anastomosis. Canadian Journal of Veterinary Research. 1989;53:216–223.
X(旧Twitter):@Steelma49143492
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