麻痺した披裂軟骨を動かす試み(1)── 神経筋茎移植



今回ご紹介するのは、馬の喉頭片麻痺(反回喉頭神経障害)に対する神経再支配の、いちばん最初期にあたる論文です。
Ducharmeらが1989年に *Canadian Journal of Veterinary Research* 3報続けて発表したうちの第1報で、ヒトとイヌで行われていた「神経筋茎移植(nerve-muscle pedicle)」という術式を、馬に持ち込めるかを検討しています。


神経筋茎移植は、呼吸補助筋の一部を、それを支配する神経ごと切り出して、麻痺した背側輪状披裂筋(CAD筋)に移植する方法です。神経の断端だけを埋め込むのではなく、運動終板(motor endplate)が生きたまま筋片ごと移すという発想です。

研究の概要


著者らはまず、馬7頭の解剖でドナー候補を探しています。その結果、肩甲舌骨筋(omohyoideus)と胸骨甲状舌骨筋(sternothyrohyoideus)の2つが候補として挙がりました。どちらも第1・第2頸神経の枝に支配されています。

次に、ポニー2頭でこの2筋とCAD筋の組織化学的な検査を行い、I型・II型線維の割合が3筋で類似していることを確認しています。同じ2頭での筋電図では、全身麻酔下の強制吸気時に、肩甲舌骨筋と胸骨甲状舌骨筋が呼吸に同期して収縮することが示されました。ドナー筋としての条件は満たしている、という流れです。

手術のしやすさから肩甲舌骨筋が選ばれ、第2頸神経が進入する部位から1cm²の神経筋茎が採取されて、左CAD筋に移植されました。対象はポニー4頭で、別に対照3頭が置かれています。7頭とも事前に左反回喉頭神経を切断してあり、術直後には全頭が内視鏡で完全な左喉頭片麻痺を示しました。その後30週にわたって内視鏡で追跡しています。

結果


内視鏡で左披裂軟骨の動きが戻ったのは、移植を行った4頭のうち1頭だけでした。この1頭では術後7週から動きが観察されはじめ、研究終了時点で安静時の正常な外転のおよそ30%が、吸気と同期して得られたと記載されています。対照の3頭では外転はまったく見られず、筋線維の萎縮と線維化という脱神経の変化が組織学的に確認されました。

一方、組織所見はもう少し前向きです。移植群4頭すべてで異常な筋線維パターンが見られ、うち3頭では小さな角張った線維と大きな円形の線維が混在し、線維型のグルーピングも認められました。2頭には非常に大きな奇異な線維がありました。残る1頭は、線維・脂肪組織の浸潤を伴う広範な神経原性萎縮を示し、真のグルーピングの所見には乏しかったとされています。また4頭すべてで、筋内の細い神経枝が2070%失われていると主観的に評価され、銀染色では細い再生軸索(おそらく運動性)が確認されました。

つまり、組織学的な再支配の証拠は4頭中3頭にあったのに対し、内視鏡で見える披裂軟骨の部分的な外転回復は4頭中1頭にとどまった、というのが本報の結論です。

著者らは考察で、この再支配が神経筋茎によるものか、隣接筋からの神経移入(collateral sprouting)や反回喉頭神経自体の再生によるものかを検討し、対照群に再支配の所見がなかったことなどから、神経筋茎移植によるものである可能性が最も高いとしています。

日高での意味


この論文自体は30年以上前のポニー4頭の実験であり、そのまま現場の判断材料になるものではありません。ただ、いま副神経やC1-C2神経を使う術式を読むときに、ここを起点として押さえておくと理解が変わります。ひとつは「組織学的に再支配が起きていることと、内視鏡で披裂軟骨が動いて見えることは別物」という点が、最初の報告からすでに指摘されていたことです。もうひとつは、ドナー筋を選ぶ基準が当初から「呼吸に同期して収縮すること」と「CAD筋と線維型の構成が近いこと」の2つに置かれていたことです。この2つの基準は、後年の副神経の研究でもそのまま使われています。

感想


最近、話題になりつつある喉頭片麻痺に対する神経再支配手術の初めての報告だと思っています。古い論文ですが挑戦的であり、一部は良好な結果が得られています。
ここから、馬の喉頭片麻痺に対する神経再支配の物語が始まったのかと思うと感慨深く感じます。
論文の筆頭著者は来日して、講演してくれたこともある Ducharme先生。


---

**
出典**
Ducharme NG, Horney FD, Partlow GD, Hulland TJ. Attempts to Restore Abduction of the Paralyzed Equine Arytenoid Cartilage I. Nerve-Muscle Pedicle Transplants. *Canadian Journal of Veterinary Research*. 1989;53:202–209.


0 件のコメント :

コメントを投稿