今回ご紹介するのは、手術の前段階にあたる基礎研究です。Campos Schweitzerらが2023年に Equine Veterinary Journal に発表したもので、副神経の腹側枝が支配する胸骨下顎筋(sternomandibularis)の活動を表面筋電図で調べ、この神経が喉頭再支配のドナーとして適しているかを検討しています。
前回紹介したC1-C2神経移植には一定の成功率がある一方で、いくつかの限界も指摘されてきました。もともとC1-C2が支配する肩甲舌骨筋は呼吸補助筋であり、呼吸周期を通じて低く一定の刺激しか出さない、というのがその一つです。そこで著者らは別のドナー神経を探しました。
論文では、喉頭再支配のドナー神経に求められる条件が4つ挙げられています。少なくとも運動時には吸気に同期して活動すること、CAD筋に近い割合でI型・II型線維を動員すること、解剖学的に喉頭に近いこと、そしてその神経を切ってもドナー側に不都合が生じないこと。副神経の腹側枝がこれを満たすかどうかを確かめたのが本研究です。
研究の概要
臨床観察研究として、調教された馬9頭(ウォームブラッド、サラブレッド、スタンダードブレッド)を対象に、胸骨下顎筋の表面筋電図が記録されました。記録は採食姿勢を変えた状態と、運動中(標準化されたトレッドミル運動試験、調馬索、騎乗)の両方で行われています。ノイズの評価用に前頭骨の記録も並行して取られました。
結果
運動時。サラブレッドでは、トレッドミル上の胸骨下顎筋の活動は常歩と比べて駈歩・襲歩で格段に高く、速度11m/sの襲歩では常歩の4倍でした。8m/sから11m/sの間で約40%増加しています。スタンダードブレッドの速歩では、11m/sで常歩の7倍、8m/sから11m/sの間で約70%の増加でした。
歩様との関係も調べられています。スタンダードブレッドの速歩では、胸骨下顎筋の活動はストライドには同期するものの呼吸周期には同期せず、主に各前肢の立脚後半に活動していました。駈歩では歩様周期あたり1回収縮し、活動は先導肢の踏み切り相に始まって滞空期と第1蹴を通り、第2蹴の始まりで終わっています。
そして本論文の中心となる所見が、咽頭圧測定との組み合わせで得られています。襲歩では歩様と呼吸が1対1で同期するため、胸骨下顎筋の収縮と呼吸周期の位相関係を調べることができます。その結果、筋の活動は呼気相のおよそ3分の2の時点で始まり、吸気相の4分の3の時点で終わっていました。著者らは、吸気が始まる前に収縮が始まることの意味を重視しています。喉頭内圧が上がる前に披裂軟骨の外転が誘導されることになるためです。
採食時。ヘイネットから食べているとき(平均24.55% IMV)や飼槽から食べているとき(26.43% IMV)、胸骨下顎筋はほぼ無活動でした。これに対して地面から食べると5.5倍(139.21% IMV)、放牧地で草を食んでいるときが最も高く(左側で175.38% IMV)、ヘイネットや飼槽の7倍でした。前肢に近い位置を食んでいるときほど活動が高かったとされています。
調馬索・騎乗。円運動では外側(trailing limb側)の活動が高く、調馬索の襲歩では先導肢側と比べて20%高い値でした。
線維型の解析。筋電図の信号を高速フーリエ変換で周波数解析し、低周波(30〜70Hz)を遅筋(I型)、高周波(90〜150Hz)を速筋(II型)、その間(70〜90Hz)を混合型として分けたところ、信号の大部分が遅筋と混合型の帯域に含まれていました。採食時・運動時ともにI型線維の活動がII型の少なくとも2.5倍だったと記載されています。CAD筋は吸気時に持続的な活動を必要とするため、この点でも副神経は適合的だ、という論理です。
限界としては、馬の筋電図に関する基準データが存在しないことが挙げられています。
日高での意味
この論文単体では臨床の意思決定に直結しませんが、次回紹介する2026年の論文を読むうえでの前提になります。ここで重要なのは、副神経がドナーとして選ばれた理由が「使いやすい場所にあるから」ではなく、「吸気の直前から収縮が始まり、I型線維を優先的に動員する」という生理学的な適合性に基づいて選ばれている、という点です。ドナー神経を実測データで選ぶという手続き自体が、Ducharmeらが1989年に肩甲舌骨筋を選んだときの基準(呼吸に同期し、線維型構成が似ていること)を、30年以上かけて精密化したものだと読むこともできます。
なお、採食姿勢による活動の違い(放牧地で草を食むときが最も高い)は、術後の管理を考えるうえで示唆的な所見だと思いますが、本論文はその点について結論を出しているわけではありません。
感想
この研究は次への布石ですね。いよいよ神経再支配の論文紹介シリーズも煮詰まってきました。
出典
Campos Schweitzer A, Mespoulhès-Rivière C, Möller D, Ducharme N, Genton M, Farfan M, Rossignol F. Laryngeal reinnervation using the spinal accessory nerve: Electromyographic study of the sternomandibularis muscle. Equine Veterinary Journal. 2023;55:515–523. doi:10.1111/evj.13859
X(旧Twitter):@Steelma49143492
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