喉頭片麻痺に対する神経再支配のまとめ

 ここまで8本の論文を順に紹介してきました。最後に、この流れ全体を整理しておきたいと思います。

シリーズ目次

喉頭片麻痺(反回喉頭神経障害)の馬で、麻痺した披裂軟骨を動かそうという発想自体は古く、1894年のSmith、1935年のTaggにさかのぼると記載されています。ただし実際の術式として検討が始まるのは、1946年以降のヒトの喉頭外科の進展を受けてからです。馬でこれが体系的に試されるのは、1989年のDucharmeらの3部作を待つことになります。

現在の標準治療である喉頭形成術(タイバック)は、麻痺した披裂軟骨を永続的に外転位で固定するものです。この方法には確立された実績がありますが、文献上少なくとも16種類の有害事象が報告されており、なかでも嚥下時の誤嚥に伴う咳が最も多いとされます。気道を広く取ることと合併症を避けることが常にトレードオフになる、というのが再支配という発想の出発点でした。喉頭の構造そのものを変えないため、これらの合併症の多くを回避できると考えられています。

変わってきたもの、変わらなかったもの

シリーズを通して読むと、進歩が3つの軸に分かれていることが見えてきます。

1つめは、どの神経を使うか。 Ducharmeらは1989年の第1報で、呼吸に同期して収縮すること、CAD筋と筋線維型の構成が近いことという2つの基準からドナー筋を選び、肩甲舌骨筋(第1・第2頸神経支配)を採用しました。この基準はその後も変わっていません。変わったのは、それを実測で確かめる精度のほうです。2023年の論文では、副神経が支配する胸骨下顎筋を表面筋電図で調べ、襲歩において呼気相の3分の2の時点で収縮が始まり吸気相の4分の3で終わること、周波数解析でI型線維の動員がII型の少なくとも2.5倍であることが示されました。「喉頭内圧が上がる前に外転が始まる」という時間的な適合性まで踏み込んで確認されたわけです。

2つめは、どう移植するか。 1989年の3報は、神経筋茎移植神経断端の直接埋め込み神経同士の吻合という3つを比較しています。組織学的な再支配の証拠という点では神経吻合が最も優れていましたが、技術的な難しさもあり、その後の臨床で使われるようになったのは神経筋茎移植でした。2018年のRossignolらは、ヒトの喉頭外科で標準となっていたドナー神経の直接埋め込みに立ち返り、C1/C2神経をCAD筋にトンネル状に通す改良術式を臨床例17頭に適用しています。2026年の論文では、副神経を胸骨下顎筋の深層・総頸動脈の浅層につくったトンネルを通し、緊張のかからない状態で外側CAD筋腹に埋め込む方法が、起立位(鎮静下)で行われました。「神経に緊張をかけない」という点は、2003年のFultonらが失敗要因として神経の8%の伸展で血流が障害されると指摘していたところで、そのまま術式の設計に反映されています。

3つめは、成否をどう確かめるか。 ここが最も大きく変わりました。1989年の第2報は、内視鏡での主観的な評価では6頭中4頭が改善したのに、声門裂の面積を実測すると有意な変化がなかった、という結果を報告しています。同じ症例が評価方法によって成功にも失敗にもなる、という問題です。その後、運動時内視鏡、翼孔での経皮的な神経刺激(2016年)、左右角度比(LRQ)による定量、喉頭筋のエコー輝度測定と道具が揃い、2026年の論文ではこれらを組み合わせて12か月の経過が追われています。

そして、その2026年の報告では、実験的に喉頭片麻痺を作成したサラブレッド5頭のうち4頭で、12か月後に運動時のLRQが脱神経前の95%以上まで回復したと記載されています。5頭全体の平均では約94%です。1989年に「組織では再支配されているのに動いて見えない」ところから始まった話が、ここまで来たことになります。

一方で、まだ言えていないこと

ただし、この流れをそのまま「解決した」と読むことはできません。

2026年の論文は5頭の実験研究であり、しかも自然発症の喉頭片麻痺ではなく、反回喉頭神経を切除して人為的に作った麻痺が対象です。著者ら自身、自然発症例では脱神経が緩やかに進むため、超音波所見の変化も実験モデルより遅く現れる可能性を指摘しています。適応として想定されているのはCAD筋の萎縮が軽度から中等度にとどまる馬であり、症状が出てからの期間だけでは萎縮の程度は判断できないとも述べられています。

競走成績という物差しで見た報告は、いまのところ2003年のFultonらの146頭が最もまとまったものです。そこでは、再支配の所見が84%で確認された一方、総合成績ランクが改善したのは58%でした。再支配が成立することと、最大運動時の外転を維持できるだけの筋が再生することと、レースで勝てることは、それぞれ別の話だということになります。

回復に要する時間も無視できません。2026年の論文でLRQが脱神経前の水準に戻ったのは術後12か月で、4.5か月では52%、6か月では61%という経過です。2003年の報告では、術前に出走歴のない若い馬で初出走まで12.6〜14.7か月かかっていました。

日高での意味

日高で喉頭片麻痺が問題になるのは、1歳市場のレポジトリーに提出する上部気道内視鏡と、育成が進んでからの呼吸音・運動能力の低下です。このシリーズを通して押さえておきたいのは、次の3点だと思います。

ひとつは、再支配という選択肢が想定しているのが「まだ萎縮が進んでいない馬」だという点です。2026年の論文が挙げているのは、早期の喉頭片麻痺と、医原性の急性喉頭麻痺です。診断のタイミングがそのまま適応の可否に効いてくることになります。

ふたつめは、萎縮の程度を評価する手段として喉頭超音波が使われるようになってきたことです。CAD筋・CAL筋のエコー輝度は、脱神経後4週の時点ですでに変化を検出できたと報告されています。

みっつめは、時間です。どの報告も、機能回復には数か月から1年を要しています。育成カレンダーのどこにこの期間を置けるかという問題は、術式そのものの成績とは別に、常についてまわります。

いずれにせよ、ここで紹介した数字はいずれも報告された条件下のものであり、個々の馬の判断は担当獣医師との相談に基づくべきものです。

感想

さて、長く続いた今回のシリーズもこの記事で終了です。
この神経再支配という方法はタイバックに比較し、合併症が少ないことが魅力の1つだと考えています。
手術手技自体はそれほど時間が掛からずに実施可能なものです。ただ、細かなポイントが成否に影響を与える可能性もありますし、さらに成否が判明するまで時間が必要な点もあります。
それでも、喉頭片麻痺に対するもう一つの治療オプションとしてこの手術を提示できることをうれしく思います。


このシリーズで紹介した論文

  1. Ducharme NG, Horney FD, Partlow GD, Hulland TJ. Attempts to Restore Abduction of the Paralyzed Equine Arytenoid Cartilage I. Nerve-Muscle Pedicle Transplants. Can J Vet Res. 1989;53:202–209. → 紹介記事(第1回)
  2. Ducharme NG, Horney FD, Hulland TJ, Partlow GD, Schnurr D, Zutrauen K. 同 II. Nerve Implantation (Pilot Study). Can J Vet Res. 1989;53:210–215. → 紹介記事(第2回)
  3. Ducharme NG, Viel L, Partlow GD, Hulland TJ, Horney FD. 同 III. Nerve Anastomosis. Can J Vet Res. 1989;53:216–223. → 紹介記事(第3回)
  4. Fulton IC, Stick JA, Derksen FJ. Laryngeal reinnervation in the horse. Vet Clin North Am Equine Pract. 2003;19:189–208. → 紹介記事(第4回)
  5. Mespoulhès-Rivière C, Brandenberger O, Rossignol F, Robert C, Perkins JD, Marie J-P, Ducharme N. Feasibility, repeatability, and safety of ultrasound-guided stimulation of the first cervical nerve at the alar foramen in horses. Am J Vet Res. 2016;77:1245–1251. → 紹介記事(第5回)
  6. Rossignol F, Brandenberger O, Perkins JD, Marie J-P, Mespoulhès-Rivière C, Ducharme NG. Modified first or second cervical nerve transplantation technique for the treatment of recurrent laryngeal neuropathy in horses. Equine Vet J. 2018;50:457–464. → 紹介記事(第6回)
  7. Campos Schweitzer A, Mespoulhès-Rivière C, Möller D, Ducharme N, Genton M, Farfan M, Rossignol F. Laryngeal reinnervation using the spinal accessory nerve: Electromyographic study of the sternomandibularis muscle. Equine Vet J. 2023;55:515–523. → 紹介記事(第7回
  8. Campos Schweitzer A, Mespoulhès-Rivière C, Perkins JD, Ducharme NG, Piercy RJ, Lynch N, Rossignol F. Functional and histopathologic evidence of laryngeal reinnervation using the spinal accessory nerve in horses. Vet Surg. 2026;1–15. → 紹介記事(第8回)

X(旧Twitter):@Steelma49143492


※この記事はシリーズ一覧の一部です。


【せり応用編】このシリーズで扱った喉頭片麻痺は、1歳馬・2歳馬のレポジトリーに含まれる上部気道内視鏡検査でも評価対象となる所見です。1歳馬レポジトリー目次で紹介したMiyakoshiらの調査でも、レポジトリー所見とは別に「不出走の原因」の一つとして喉頭片麻痺が挙げられており、四肢X線だけでなく内視鏡所見も含めた総合的な評価が大切だと考えられます。

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