感染経路が不明なサラブレッド成馬の感染性関節炎・腱鞘炎・滑膜炎(Byrne et al. 2020)

はじめに

感染経路が明らかにならない感染性関節炎、腱鞘炎、そして滑膜炎に遭遇する機会は多いと思っていましたが、それはどうやら私が生産地で診療を行う獣医師だからのようです。

確かに外傷性ではないこれらの感染性疾患は当歳でもっとも頻繁に遭遇しています。
そして、次に1歳馬での発症。2歳馬でもポツポツと遭遇しているはずです。

以前、競馬場や競馬場の周辺で診療を行なっている獣医さんに、『感染性関節炎はあまり遭遇しませんか?』と聞いたところ、『ほぼ遭遇しないよ』と教えていただいたこともありました。

今回の論文では、サラブレッド成馬での感染経路が不明な感染性関節炎、腱鞘炎、そして滑膜炎について検討されていました。
オーストラリアから発表された論文で、興味がある分野なので取り上げてみたいと思います。

今回、ご紹介する論文は、
Byrne, C. A., Lumsden, J. M., Lang, H. M., & O'Sullivan, C. B. (2020). Synovial sepsis of unknown origin in the adult Thoroughbred racehorse. Equine veterinary journal, 52(1), 91-97.
になります。

論文紹介


成馬では感染経路が不明な感染性滑膜炎による跛行はまれです。これらの感染性滑膜炎は以前は血行性に感染したものだと考えられています。

サラブレッド競走馬での感染経路の不明な感染性滑膜炎の特徴と治療成績を示すことが今回の調査の目的だと記載されています。

この論文の研究デザインは症例の回顧的調査です。

この論文では感染経路の不明なサラブレッド種競走馬の医療記録2005年から2015年分を調査対象としています。症状、臨床病理、微生物、そして画像記録について記録しました。治療方法、外科所見、合併症、長期結果を評価しています。

この論文では調査期間中に11例の症例が認められました。診断は臨床症状と臨床病理検査から実施されていました。感染箇所は関節、腱鞘、そして滑液包であったと記載されています。関節鏡手術を実施した際に、軟骨片、軟骨損傷が認められた症例が3例あったと記載されています。感染箇所での著しい出血が認められた症例はなかった。11例中6例で滑液もしくは滑膜から細菌が分離された。分離された細菌はいずれもグラム陽性球菌であったと記載されています。分離された細菌はいずれもin vitroの検査ではセファロスポリンが有用であった。感染部位から離れた外傷が1例で認められた。他に潜在的に感染の原因と考えられる細菌は認められなかったと記載されています。
治療方法は全身麻酔下での関節鏡手術、立位鎮静下でのNeedle to Needleでの洗浄、抗生剤で局所還流、滑液包内の薬剤投与、そして全身性の抗生剤投与が実施された。全症例が病院から退院した。11例中6例が治療後に出走し、出走までの期間の中央値は221日であったと記載されています。

この論文の限界点としては、症例数が少ないことが挙げられています。

この論文は結論として、サラブレッド成馬において感染性関節炎、腱鞘炎、そして滑液包炎の発生は稀であることが明らかになりました。感染細菌が明らかにならない場合が多いことが明らかになっている。適切な治療を実施すれば、この疾患の競走馬としての予後はFairであると記載されています。

感想

この論文ではサラブレッド競走馬における感染性関節炎、腱鞘炎、そして滑液包炎は非常に稀なことを改めて知ることができました。仔馬での同様の疾患数に比べると著しく数が異なると思います。

生産地の獣医師にとって非常に身近な疾患でしたが、競馬場の獣医師にとっては稀であり、経験することが少ない疾患だと言うことがわかりました。

また、競走復帰率はあまり高い値を示してはいません。
仔馬の同様の疾患に比較し、1歳、2歳では予後が悪い印象を持っていましたが、この論文での予後も良好ではありません。
早期に積極的な治療を行うことでこの復帰率を向上させることができるのか現状では不明です。さらなる情報が出てくるとありがたいですね。

競走馬での発生は稀ですが、競走生命を脅かす深刻な疾患であるので注意が必要だと再確認しました。






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