馬の全身麻酔の前に絶食は必要か? (Louro & Loomes 2026)

「馬の手術前、絶食は本当に必要?」
Louro, L.F. & Loomes, K. (2026Pre-anaesthetic fasting: Food for thought? Equine Veterinary Education38164172. Available from: https://doi.org/10.1111/eve.70017

馬の全身麻酔前には「12時間以上の絶食」が当たり前のように行われてきました。
しかし、2026年に発表されたレビュー論文
「Pre‑anaesthetic fasting: Food for thought?」(Louro & Loomes) は、
この“常識”を根本から見直す内容となっています。

“Pre‑anaesthetic fasting… has limited evidence supporting these practices and highlight potential adverse effects such as… post‑anaesthetic ileus, reduced faecal output and increased risk of post‑anaesthetic colic.”

つまり、
「絶食のメリットはほとんど証明されておらず、むしろデメリットが多い」
というのが最新の知見です。

この記事では、論文の要点と、実際の馬の病院でどう活かすべきかをまとめます。


1. 絶食のメリットは“理論上”で、実証されていない

従来の絶食の目的は以下でした:

  • 横臥時の横隔膜圧迫を減らし、呼吸を改善する
  • 腹腔内容量を減らし、循環を改善する
  • 胃破裂を防ぐ

しかし、実際の研究では PaO₂(動脈血酸素分圧)に差は出ていません。

“No statistically significant difference in PaO₂ between fasted and non‑fasted groups.”

また、結腸の滞留時間は 約35時間 のため、
6〜12時間の絶食では大腸内容量はほぼ変わりません。


2. 絶食は GI motility(腸蠕動)を確実に低下させる

複数の研究で、
8〜24時間の絶食 → 腸音の減少・蠕動低下・腸管拡張
が一貫して示されています。

さらに、絶食馬では
α2鎮静薬による蠕動低下が増強される
ことも報告されています。

これは、術後のイレウスや疝痛リスクを高める要因です。


3. 絶食は術後疝痛のリスクを上げる可能性がある

最新の研究では、絶食群の方が術後疝痛が多い傾向があります。

例:

  • 絶食12時間群:疝痛 9.3%
  • 非絶食群:疝痛 4.1%
    (Lopes et al., 2025)

“Horses fasted for 12h were more likely to develop post‑anaesthetic colic than non‑fasted horses.”

また、最新のRCTでは、
10時間絶食 → 排糞量が減り、初回排糞が遅れる
ことが明確に示されました。

4. 絶食は腸内細菌叢も乱す

12〜24時間の絶食は
Clostridiales の減少など、疝痛馬に似た dysbiosis
を引き起こす可能性があります。

“Longer fasting periods (>10h) may be more disruptive to faecal bacterial composition.”

腸内環境の乱れは、術後のGIトラブルの一因になり得ます。


5. 呼吸・循環へのメリットはほぼ確認されていない

PaO₂、血圧ともに
絶食と非絶食で差はない
という研究が複数あります。

つまり、
「絶食すれば麻酔が安全になる」という根拠は乏しい
ということです。


6. 例外:腹腔鏡手術だけは別

腹腔鏡では視野確保のため、
12〜48時間の絶食が必要
とされています。


7. 馬の病院として、どう運用すべきか?(実践的ガイド)

あなたの病院の運営に合わせて、
現実的で安全性の高いプロトコル を提案します。


🟩 A. Elective surgery(腹腔鏡以外)

✔ 干し草:直前まで自由採食(ad lib)

✔ 濃厚飼料:手術の4〜6時間前に中止

✔ 水:自由

✔ 口腔洗浄:挿管前に必ず実施

✔ 術後:排糞量を記録し、少なければ早期介入

これは論文の結論とも一致します:

“There is evidence to support continuous pre‑anaesthetic access to hay… and to avoid prolonged fasting.”


🟦 B. 腹腔鏡手術

  • 12〜24時間の絶食(手技により36〜48h)
  • Zebeliらの推奨:茎の長い乾草を2時間おきに少量ずつ → ガス産生を抑えつつ絶食時間を短縮可能

🟨 C. 疝痛症例

絶食よりも
胃管での減圧が最優先
(論文でも強調)


まとめ:これからの「絶食プロトコル」はこう変わる

❌ 長時間絶食はもう“常識”ではない

✔ GI motility と腸内環境を守ることが最優先

✔ 干し草は直前までOK

✔ 濃厚飼料だけ4〜6時間前に止める

✔ 術後の排糞モニタリングを強化

✔ 腹腔鏡だけは別扱い

この論文は、
「馬の麻酔前の絶食は本当に必要なのか?」
との質問に対して多くの示唆を与えてくれました。
とてもよい論文だと思います。

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